□■□■【反骨の元外交官が世界と日本の真実をリアルタイム解説】 ■□■ □■ 天木直人のメールマガジン2011年6月28日発行 第462号 ■ =============================================================== 原発建設を通して見えたこの国の地方切り捨ての揺るがぬ証拠 =============================================================== 今度の東日本大震災を通じてよく言われることは、これがもし東京で 起きていたなら、復興がこんなに遅れることはなかった、という事だ。 それはなにも東京が日本の中枢であり、中枢の復旧、復興なくしては 日本の復旧、復興はない、という意味だけではない。 政策決定者は東京に集中しており、災害の痛みをほとんど感じていない。 まるでひとごとのように仕事をしているから遅れるに違いない。 そしてそのような中央集権的な政策決定者の意識の中には、地方軽視、 地方差別の感情が暗黙のうちに育つのだ。 原発建設についてもそうだ。 その証拠を6月28日の東京新聞「こちら編集委員室」が教えてくれ ている。 昭和39年というから1964年のことだ。 その年に出来た原子力安全委員会の「原子炉立地審査指針及びその適用に 関する判断のめやすについて」を要約すると、立地についてこう書いてある という。 すなわち、「事故防止、対策に努力するが、万一の大事故に備え、原子炉 敷地は人口密集地から離れていること」、と書かれているという。 これを評して東京新聞は、「原発は田舎の犠牲やむなし」だったと書いて いる。 福島原発第1号機の建設着工は1966年だが、その時地元住民は、 「貧乏町に金が落ち、将来(双葉町は)仙台のようになる」と言って切り崩 されたという。 在日米軍基地の押し付けもまったく同じだ。田舎にカネをばら撒いて 黙らせる。 この国の地方差別が証明された文書である。 了

新しいコメントを追加