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2月23日、ロシアは「祖国防衛の日」、通称「男性の日」で祝日です。この日は、元々1917年にロシア革命が起き、共産主義国家のソビエト政権が樹立された後、「労働者・農民赤軍」の創立を記念する日に定められました。その後、ソ連時代に何度か改名され、ソ連崩壊後の1995年に「祖国防衛の日」と名付けられ、2002年から正式な祝日となっています。
ロシアや旧共産国では3月8日は「国際婦人デー」という「女性の日」で祝日となっていましたが、90年代のエリツィン政権下では、「女性の日」は祝日で「男性の日」は平日という状態で、私も当時は不公平だと感じたものでした。しかし2000年にプーチン政権が誕生してから2年後、この「男性の日」も晴れて祝日となり、不平等は解消されました。
「祖国防衛」というのはロシアの軍事的栄光を称える日ですが、特に第2次世界大戦、ロシアでは「大祖国戦争」の際にソ連軍がナチスドイツから祖国を守り勝利した戦いにアクセントが置かれます。ソ連軍はこの戦争で2600万人以上の死傷者を出したと言われ、今のウクライナ戦争と比べると、膨大な被害を被った戦いでもありました。ですのでこの「祖国防衛の日」には、「大祖国戦争」で戦ったご存命の元軍人の方々を敬う式典やイベントが多数開催され、その様子がテレビなどでも放映されます。
今から4年前の2022年2月23日、当時ビジネスをしていた私は昼前に起きて、二日酔いのままキッチンに水を飲みにいったところ、奥さんがテレビをつけており、画面には元軍人達の祝賀セレモニーが映っていました。その画面を何気なく見た時に、画面に映る胸に勲章を沢山ぶら下げた元軍人達の姿に、なぜか時が1990年代にタイムスリップしたかの様な不思議なデジャブを感じたのを今でも覚えています。
その翌日の2022年2月24日に、この特別軍事作戦(※以後「ウクライナ戦争」)が始まりました。当時は直ぐに終わるだろうというくらいに軽く考えていたのですが、あれから既に4年の月日が流れてしまいました。しかも「大祖国戦争」ではナチスドイツに対して一緒に戦っていたロシアとウクライナが今も戦争しています…。ウクライナは「大祖国戦争」で137万人から300万人の死傷者を出したと言われています(※ロシア側とウクライナ側で数字に開きがあります)。
しかしウクライナ戦争開始時、ウクライナでは既に2月23日は「祖国防衛の日」ではありませんでした。2014年のマイダン武力革命により政権を掌握したキエフ政権は「祖国防衛の日」から「ウクライナ防衛の日」に改名し、日にちも2月23日から10月14日に変更していたのです。なぜ10月14日なのか?この日は「ウクライナ蜂起軍(UPA)」の創立記念日だからです。「ウクライナ蜂起軍」と言えば、その創設者はステパン・バンデラです(※写真)。彼はソ連に対抗しナチスドイツに協力し、多数の住民達を虐殺したことで有名です。
キエフ政権というのは、このステパン・バンデラを信奉しています。彼らはソ連を憎み、ソ連時代に建設された記念碑や石碑などを破壊し、地名や道路も改名、ロシア正教会の流れを汲むウクライナ正教会を弾圧、またソ連軍として戦った無名兵士達のお墓を掘り返し強制移転させるなど、徹底したソ連の排除を行っています。それはあたかもナチスドイツが「大祖国戦争」での敗北を復讐しているかのように…。
しかしそれでも、毎年2月23日には「大祖国戦争」で亡くなった旦那さんや兵士達の慰霊のため献花を捧げにキエフの記念碑を訪れるウクライナ人の高齢の方々もいますが、警察が献花を阻止し続けています。酷い場合には拘束さえします。
2014年のマイダン革命時、キエフ政権に賛同する人々はウクライナ国民の50%程度と言われていましたが、西側メディアのプロパガンダにより、あたかも国民全体が支持しているかのような誤解を世界中に与えてしまいました。残りの50%の人々は最初は抵抗を試みましたが、キエフ政権は武力を行使し弾圧を開始したため、多くの人々が国を去り、現在ではウクライナの人口も半減してしまっています。
ソ連を否定するキエフ政権ですが、キエフ市内の地下鉄、原子力発電所、火力発電所、港湾設備など、ほぼ全てのインフラはソ連時代に建設されたものです。ソ連は敵国からの攻撃を想定していましたので、これらのインフラ設備は他国よりも頑丈に建設されたと言われています。現在、皮肉なことにロシアのミサイルや無人航空機などで、このソ連のインフラが徹底的に破壊されている訳ですが、未だに挑発行為を止めないゼレンスキー氏の狙いは、ロシアにソ連のインフラを破壊させることにあるのか?などと考える時さえあります。







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