… … …(記事全文2,914文字)江戸時代は儒教の影響を受けていたので不倫行為は犯罪でした。
「不義密通」と呼ばれ、幕府の法律(公事方御定書)で死罪となる極めて重い罪でした。
妻の不倫行為を夫が目撃した場合、現行犯であればその場で殺害する「間男成敗」も合法でした。
江戸時代の刑法は公事方御定書に法と罰則が書かれていましたが、処罰の詳細については「寛保律」と称する法律書に書かれています。これは延享三年(1746年)増修の「公事方御定書」下巻を改訂した幕府法で当然ですが秘法とされていました。
ここでは江戸時代の性犯罪について、当時の例規集であった寛保格御定書から処罰の詳細を見てみたいと思います。(長いです。すみません)
密通(之事)
一 密通致候妻、同男、死罪
一 密通之男女共、夫殺候時、密通無紛ハ無構
一 密夫を殺、女存命候ハヽ、死罪
但、若密夫逃去候ハヽ、妻ハ夫之心次第申付
一 女同心無之、密通申懸、或ハ家内へ忍入男を夫殺候時、
不儀申懸候証拠、於不明は、中追放
一 致密通、実之夫を殺候女、引廻磔
但、実之夫を殺候様ニ勧候て又ハ手伝致候男、獄門
一 致密夫、実之夫ニ疵付候者、獄門
一 主人之妻と密通之男、引廻獄門、女死罪、同手引致候者、死罪
一 夫在之女、得心無之ニ押て不儀致候者、死罪、但し大勢ニて不儀致候ハヽ、頭取獄門、同類重追放
一 密通御仕置、妻妾無差別
一 養母養娘幷姑と密通之男女共、獄門
一 姉妹伯母姪と密通致候者、男女共ニ遠国非人之手下
一 離別状不遣、後妻を呼候者、所払 但、利欲之筋ニ抱候ハヽ、家財取上候て江戸払
一 離別状不取、他え嫁候女、髪切候て親類え相帰ス、(但、右取持候者、過料、)
一 離別状無之女、他え縁付候ハヽ、親元過料(但、呼取候男、過料)
一 主人之娘と致密通候者、中追放但、娘ハ手錠懸ヶ、親元え渡ス
一 主人之娘と密通之手引、所払
一 幼少之者(え)致不儀、怪我させ候者、遠島
一 女得心無之、押て不儀候者、重キ追放
一 夫無之女え致密通、誘引出候者、女為帰、男手錠
一 下女下男之密通、主人え引渡
一 他之家来又は町人等、下女(と)密通、忍入候者、男江戸払、女主人心次第
一 夫在之女ゟ(ぇ)艶書度々取替候得共、密会不致儀紛無之おゐてハ、男女とも中追放
一 男女申合、不儀ニて相対死候ハヽ、死骸取捨、為吊(弔)申間敷事、但、一方存命候ハヽ、下手人
一 双方存命(ニ)候ハヽ、三日晒、非人之手下
一 主人と下女、相対死損、主人存命(ニ)候ハヽ、非人之手下
原文のままで大略はご理解いただけると思いますので本文の読み下しはありません。
刑罰中、手錠とあるのは手鎖のことで両手を拘束された状態で自宅に戻されるもので、三十日、五十日、百日手鎖の3種類がありました。三十日、五十日手錠は五日目ごと、百日手錠は隔日で同心が来て封印を点検しました。
実際に手鎖をして生活をすると大変不便なので手首に油を塗って外して、点検の時にはまた付け直す者もいたようです。
心次第とあるのは「意思に任す」という意味で、非人手下というのは非人身分に落とすという意味。下手人は死罪と同じ斬首の死刑ですが、遺体の引き取りが認められ、財産没収などの付加刑は行われませんでした。
驚いたのは「幼少之者(え)致不儀、怪我させ候者、遠島」とあり、児童へのわいせつ行為も処罰されていたことで、相手にけがをさせると遠島とあります。ご存知かと思いますが江戸時代の遠島は致死率の高い刑罰で新将軍の就任時などに行われる恩赦以外、戻れることはまずありませんでした。しかも遠島と上腕部になると入墨を入れられました。
艶書度々取替候得共とあるのはラブレターを複数回交換したという意味で、夫のいる女性と男が度々ラブレターを交換した場合で「密会不致儀紛無之」密会いたさず儀紛(説明のつかない紛らわしい事)これなくという場合に限り、男女とも中追放(主要街道と江戸十里四方、犯罪地、居住地圏内には終身立ち入り禁止)という厳しいものでした。
さてこんなに厳しい江戸時代でしたから、「いっそ2人で」という心中が多かったのだと思います。
ただ、世の中、裏と表があって、実際に不倫が発覚した場合は不文律の慣習もありました。



