… … …(記事全文2,885文字)昔の歴史教科書には、『任那日本府』という言葉があったのだが、最近の教科書には記載がない。朝鮮半島にあった任那日本府というクニについて、最近の歴史学会は、こう断じているからだ。
任那(加羅ともいう)は、倭系移住者(渡来系倭人・「韓腹(かんぷく)」「韓の子(からのこ)」など)が加羅諸国に定住し、現地王に仕えた有力豪族・役人集団を指す。
「日本府」は「倭の役人・館」の意味で、ヤマト王権の直轄「出先機関」ではなく、現地に根付いた倭系コミュニティの自治的・外交的組織だ。
これが最近の日本史の『定説』だ。なお、「韓腹」「韓の子」とは、朝鮮半島南部(加羅/任那地域)に移住・定着した倭人(ヤマト系・倭系の人々)と現地韓人(朝鮮系の人々)の間に生まれた子孫を指す。
つまり、「任那日本府」はヤマト王権の植民地統治機関ではなく、加羅(伽耶)地域に定着した倭人(倭系移住者・混血子孫)のコミュニティが、現地王に仕えつつ倭・百済・新羅など複数勢力と結ぶ外交ネットワークとして機能したもの、というのが現代主流説なのだ。
だから、「任那日本府」という言葉は歴史教科書から消えたのだ。
あなたは、この説に納得しますか?
ここより怒涛の反論が始まる。
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