… … …(記事全文3,747文字)縄文の名残~ 和食・漆・住居・言語に隠された日本文化のルーツ~
私が小学生の頃は、縄文時代は狩猟をして移動していたと教えられていた。
しかし、三内丸山遺跡(青森県青森市)、大湯環状列石(秋田県鹿角市)、加曽利貝塚(千葉県千葉市)などの縄文時代の遺跡は、縄文時代に既に定住していたことを表していた。
また、元々、日本に住んでいたのが縄文人で、弥生人が大陸から渡ってきたという説も否定された。菜畑遺跡(佐賀県唐津市)や板付遺跡(福岡県福岡市)、橋牟礼川遺跡(鹿児島県指宿市)などでは、下層に縄文土器、上層に弥生土器が出土しており、縄文時代から弥生時代へ徐々に移行していったことが分かる遺跡が見つかっている。
居徳遺跡群・入田遺跡(高知県)は、 縄文文化と弥生文化が混在した集落だったし、朝日遺跡(愛知県清須市・名古屋市)からは、弥生土器に縄文影響が残るものが出土している。
もう縄文人と弥生人は別の人種だなどと言うものはいない。
縄文人こそが日本人の直接の先祖だった。
そして、縄文の痕跡は、現代にも脈々と受け継がれている。【漆】
たとえば漆塗だ。縄文時代前期にはすでに漆を使った器や装飾品が作られてた。これは世界最古級の漆器技術で、縄文時代草創期から始まっていた。以前は中国の河姆渡文化(約7000~8000年前)の漆器が最古とされていたが、日本の縄文漆がそれを大きく上回る発見で、日本独自の発展説が有力だ。北海道函館市の垣ノ島遺跡から約9000年前の漆塗り装飾品(赤漆を使った副葬品)が出土。これが世界最古の漆製品として認められている。また、福井県の鳥浜貝塚から出土したウルシの木片は約1万2600年前のもので、世界最古のウルシ樹として認められている。垣ノ島遺跡から出土した縄文後期後半の小型の注口土器。全体に朱漆が塗られている。
https://urushi-joboji.com/urushi/uruwashi★縄文の名残は、他にもある!
ここより先は会員登録が必要です。月・水・金に配信中です。(現在、平日毎日更新中)
そのため、1記事20円程度になります。
なお、今後、値上げの可能性がありますが、値上げした場合も、ご登録者は、登録時の価格が維持されますのでご安心ください。
ご購読を、心よりお待ちしております。よろしくお願いいたします。m(__)m

