… … …(記事全文6,462文字)「こんな体じゃ、もうホスピスに入ったほうがいいんじゃない? トイレに行くこともできなくて、世話になりっぱなしじゃ申し訳ない。徹ちゃんには徹ちゃんの生活もあるし」
腰椎に転移した腫瘍による脊髄の圧迫が強くなったのだろう、5月に入ってから叔母は脚の麻痺がさらに進み、歩くことはおろか自力で立つことも困難になった。「部屋が臭くなるのでは」と嫌がっていたポータブルトイレも、使わざるを得ない状況になった。
ベッド脇の介護用手すりを掴み、横向きになることはできた。しかし、そこから起き上がり、自力で座ることができない。そのため、トイレや食事のときは、誰かが体を起こしてあげる必要があった。まず、体を斜めにしてから脚を持ち上げて、ベッドからはみ出させる。そして、体を横向きにしてもらった後、右手を叔母の腕の下へ差し入れて、掛け声とともに体を起こす。そうすることで、なんとかベッドに座らせることができた。叔母は手すりを持たないと倒れそうになるほど、座位の維持も困難になりつつあった。
トイレのときには、ベッドに座った状態にした後、わきの下から両手を入れ、抱きかかえながら叔母を持ち上げた。もう脚がぐにゃぐにゃで、踏ん張ることができないので、私に体をあずけてもらって、ズボンとオムツをずらす。そして、叔母の体を左へ90度回転させて、ベッド脇に置いたポータブルトイレにゆっくりと座らせた。
ポータブルトイレには、あらかじめ専用の吸収シートを敷いておいた。用が終わった後は消臭剤をかけてフタをするので、思ったほど匂わない。何度かおしっこをした後、あるいはうんこをした後は、専用シートの口を閉じて自治体の有料ごみ袋に入れ、匂わないように固く縛り、燃えるゴミの日にまとめて処分した。
食事の際はベッドサイドに座った叔母の前に椅子を持って来て、それをテーブル代わりにさせてもらった。食がますます細くなり、この頃から「のど越しがいい」と言って、トマトやたまご豆腐などを好んで食べるようになった。それに、K医師に処方してもらった「エンシュア」という缶入りの高カロリー飲料を牛乳で割って出した。叔母はコーヒー味のエンシュアを「美味しい」と言って、250ml入り1缶を1日2回に分けて飲んだ。
トイレや食事のたびに私の手を煩わせるのを申し訳なく思ったのだろう、叔母は何度も何度も「徹ちゃんにこんなことさせて、ごめんね」と言った。しかし、私には「嫌なことをさせられている」という感覚はまったくなかった。
「大丈夫、大丈夫、気にしないで。在宅医療の取材をして、記事も書いてきたけど、自分で経験したことがなかったから、いい勉強をさせてもらってる。ホスピスに入るまでのことだし、それに、何度かやってるうちに介護のコツも分かって来くるから、おもしろいよね。トイレに行きたいときは、夜中に叩き起こしてくれてもいいよ。だから、遠慮なく何でも言ってね」
実際、介護をしていると、少しずつ慣れてコツがつかめてくる。たとえば、叔母を立たせるときには、脇の下から回した手でズボンの端を掴むと持ち上げやすい。また、立ったままだとオムツやズボンを上げにくいが、いったん寝てもらって体を横向きにしてもらうと上げやすい。介護のプロからすると、当たり前のテクニックだろう。あるいは、もっといいやり方があるのかもしれない。しかし、初めての介護経験者である私には、そうした発見がとても新鮮だった。
とはいえ、母が帰ってしまい、身内の介護者が私だけになった。私もいつまでも、叔母の家に泊まり込むわけにはいかない。叔母の言う通り、そろそろホスピスに入ってもらうタイミングだと感じていた。実は4月下旬、叔母が希望する施設から「空きが出た」という連絡があった。だが、その頃はまだ、かろうじて自力でトイレに行くことができ、母が泊まり込んでいたこともあって、叔母自身、家を出る踏ん切りがついていないように見えたのだ。なので、入所を見送っていた。
しかし、叔母の気持ちも固まったようだ。昼カラオケを決行する数日前に「入所したい」と電話したところ、残念ながら希望の施設は埋まってしまっていたが、幸いなことに、車で10分ほどの距離にあるもう一つの施設の部屋は、1室空いているということだった。私はすぐ、「では、次の週にも入りますので、部屋を押さえておいてもらえませんか」とお願いした。施設側も、快く迎え入れてくれることになった。
そして、私の都合で、入所日を5月15日(金)にしてもらった。昼カラオケが11日(月)だったので、あと4晩寝泊まりすればいい。そこまで、叔母の介護をやり遂げようと心に決めた。14日(木)には、施設のケースワーカーさんと看護師さんが事前面談に来てくれる。そして、当日は朝11時にK医師が施設に診察に来てくれるので、それまでに介護タクシーで家を出ることになった。

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