… … …(記事全文6,015文字)「おばちゃん、お世話になった人たちを集めて、なじみのスナックへ行きたいらしいよ」
叔母の家に泊まり込んで介護している母から、電話で聞いたのは4月下旬のことだった。
東京で独り生きてきた叔母は、食品等のパウチ(袋)を製造する工場で四十年以上勤めあげ、七十過ぎまで勤め上げた。友だちにも恵まれ、遊びや旅行に出かけることも多かったが、贅沢することなく都営住宅で質素に暮らし続け、老後のためにと幾ばくかの蓄えもしていた。
「せっかく、Kちゃん(私の母)と温泉でも行って、ぱーっと使おうと思ってたのに、その矢先に病気になってしまうなんて。お金を貯めても、こうなってしまったら、紙屑と同じだねぇ」
ある日、私との会話の中で、叔母はそう言って嘆いた。そこで私は、こんな提案をした。
「だったら、ゴールデンウィークに三人で温泉に行かない? 歩けなくても僕の車にさえ乗れたら遠出はできるし、車椅子の人の入浴をサポートしてくれる旅館があるかもしれない。温泉に入れなくても、旅館で美味しいものを食べるだけでも楽しいんじゃないかな?」
「もう脚も動かないのに、そんなことできるかなぁ?」
「大丈夫だよ。ゴールデンウィークだから、空いてないかもしれないけど、僕が探してみるね。もちろん、温泉でなくてもいいから、何かしたいことがないか、おばちゃんも考えといて」
叔母の家から帰って、夜、予約サイトを検索してみたが、やはりゴールデンウィークは埋まっていて、目玉が飛び出るような値段の超高級旅館しか残っていない。
どうしようかと迷いながら、叔母の様子をたずねるために、母に電話をかけたときのことだった。ベッドに寝ている叔母が、「温泉よりも、スナックへ行きたいかなぁ」とポツリと言ったというのだ。
翌日、叔母に電話をかけて、「スナックへ行きたいの?」とたずねると、こんな話をしてくれた。
「踊りで一緒になったTちゃんという、私より20くらい若い人なんだけど、駅前のスナックを借りて、昼カラオケをやっているの。脚がこんなに悪くなる前の2月にも行ったんだけど、『Mちゃんやせたね、病院行きなよ』なんて言われたりしてね…。
Tちゃんが私のことをお母さんのように慕ってくれて、私も『娘ができた』なんて喜んでたの。また、Tちゃんのところへ行きたいなぁ。そこに踊りとカラオケの仲間を呼んで、最後にパーッとお金を使えたら楽しいだろうね。でも、こんな体だから、そんなこと、できるかなぁ…」
確かに、4月末になって、叔母は杖を使っても、自力で立ち上がり、歩行することが、かなり難しくなっていた。座り続けるのもしんどくなり、ベッドに横たわる時間も増えていた。また、血中酸素飽和度(SpO2)が90%台前半と低く、在宅酸素(HOT)も導入して使うようになっていた。
リビングを通過してトイレへ行くのも大変になってきたので、この頃、お試しでポータブルトイレをベッド脇に置くようになっていた。最初は、こんなところにトイレを置くなんて、寝室が臭くなるのではと抵抗していた叔母だったが、もうそんなことは言っていられない状況になりつつあったのだ。
けれども、車椅子に座りさえすれば、スナックでもどこでも行けるはずだ。HOT用の装置だけでなく、持ち運び用の酸素ボンベも予備としてあった。Tさんのスナックは2階にあるが、幸いなことにエレベーターがあるという。介護タクシーを頼んで、車椅子のまま連れていけば、なんどかなるだろう。
「おばちゃん、大丈夫だよ。車椅子にさえ乗れれば、行けるはずだから。病気だからと言って、外に出れないわけでもないよ。むしろ今は、やりたいことを、なんてもやっておいたほうがいい。Tさんの連絡先を教えてくれたら、僕が全部段取りするから」
「じゃぁ、徹ちゃんに頼んでみようか」
Tさんの番号を教えてもらって、さっそくかけてみた。病状とともに事情を伝えると、Tさんは電話口で泣き崩れた。
「そんなことになってるなんて…。2月に会ったときに痩せてたから、心配してたんです。ほんと、お母さんのようによくしてくれたから…。ぜひ協力させてください」
叔母によると、20名くらい来てくれるのではとのことだった。Tさんの提案で、食べ物は少し高めの弁当を多めに頼むことにした。余った分は、誰かに持って帰ってもらえばいい。プラス飲み放題としてもらったが、言われた料金は信じられないくらい安かった。高齢者の昼カラオケを体験したことがなかったので知らなかったが、年金暮らしの人たちのために、夜の部とは比べ物にならないくらいの低料金で、高齢者の居場所を提供しているようだ。
叔母の病状の進み具合から、できるだけ早いほうがいいと思ったが、スナックの都合でゴールデンウィーク明けの5月11日(月)に決行することとなった。12時から17時までの5時間という長丁場だ。叔母がしんどくなったら、みなさんには楽しんでもって、途中で退席すればいい。参加者の声掛けは、叔母がしてくれるという。私は車椅子のまま現地へ行けるように、地元の介護タクシーを予約した。それまで、叔母の体調が持ちますように…。
後日、訪問診療の際、私からK医師にスナックの話を伝えると、叔母はこう言った。
「こんな体で行けますか? やるなんて言わなきゃよかったかなぁ。自分で起き上がることもできないのに…ちょっと後悔してる」
これに対して、K医師はきっぱりこう言った。
「大丈夫、行けますよ。私は行ったほうがいいと思います。なんでもやりたいことはしてください。私は絶対反対しません。なにかあったら駆け付けますから、安心して行ってきてください」
病状の悪化や事故を懸念して、ドクターストップをかける医師が今もいるかもしれない。しかし、さすがは緩和ケアを専門とするK医師、患者がやりたいと思うことを支える姿勢が明確だ。この言葉で、私はよりK医師への信頼を強くした。

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