… … …(記事全文5,642文字)訪問診療のK医師が処方したステロイドが効いたのだろう。叔母は食欲を取り戻し、体力的にも精神的にも活力を取り戻したようだった。
「昨日の夜ごはん食べられた?」
そうたずねると、叔母は嬉しそうに、こう話してくれた。
「Kちゃん(私の母)が作ってくれたそうめんとかサラダとか、た~くさん食べたよ。おしゃべりもいっ~ぱいした。ずっと独りだったから静かだったのに、急ににぎやかになって楽しくて。病気なのに、こんなんに幸せでいいのかしら」
翌4月15日には、私の家からアコースティックギターを2本と昭和歌謡のコードブックを携えて弟とともに叔母の家へ行き、「見上げてごらん夜の星を」「亜麻色の髪の乙女」「シクラメンの香り」「青春時代」「イマジン」といった曲を、二人で弾き語りした。
私も弟もギターが得意だ。そんな話をすると、叔母が「ぜひ聴きたい」というので、リクエストに応えたのだ。叔母は、
「徹ちゃんとAちゃんのギターを聞ける日が来るなんて。まるで夢みたい」と喜んでくれた。
翌日は、私の家から弟だけが電車で叔母の家へ行き、そのまま一泊した。生まれ育った宮崎県都城市での子ども時代の話を、弟は興味深く聴いてくれたという。たくさん笑って、とても楽しい夜になったようだ。
翌朝、弟は早くに家を出て、九州の離島へ帰っていった。新大阪駅で途中下車をして、家族のお土産に551の豚まんを買って帰ったそうだ。わざわざ仕事を休み、遠方からやってきて、親孝行、叔母孝行をしてくれた。我が弟ながら、本当にいい奴だとあらためて思う。
訪問診療が始まってからの2、3週間、叔母は腫れた脚以外は調子がよさそうで、
「こんな体なのに、み~んなが面倒を見てくれる。私は幸せだ。感謝、感謝」
と何度も何度も口にした。
ステロイドの副作用に「多幸感」がある。もともとの性格もあるが、ステロイドの影響が大きかったのだろう。この薬には免疫抑制や血圧上昇、骨粗鬆症、不眠や気分の浮き沈み、離脱症状など様々な問題があるが、ステージⅣのがんに侵されている叔母にとっては、一時期ではあったとしても多幸感を得られたのは福音だった。
K医師もがんの炎症の抑制や食欲増進だけでなく、不安に陥らないようにすることも見込んで、ステロイドを処方してくれたのだろう。叔母に幸せな時間を作ってくれたことを、心から感謝している。
4月20日には、2回目の訪問診療があった。K医師は相変わらず優しくて、叔母に「薬が効いているようで、よかったですね」と話してくれた。そして、浮腫みを少しでも軽減するために、利尿薬を増量することになった。
診療を終えたK医師をドアの外まで見送り、叔母に聞かれないよう渡り廊下に出て話しかけた。
「叔母は『幸せだ。幸せだ』と言ってます。ステロイドのおかげだと思いますが、処方してくださって、本当によかったです。ありがとうございます」
そうお礼を言うと、K医師は、こう話した。
「1日でも長くいい時間が続くように、私たちも努めさせていただきます。ただ、ステロイドもいつか効かなくなるときが来ますので、そのときのためにホスピスの入所の準備をお勧めします」

購読するとすべてのコメントが読み放題!
購読申込はこちら
購読中の方は、こちらからログイン