… … …(記事全文5,703文字)前回、なぜ戦後日本のリベラル左派が多くの人に嫌われているのかを書いた。上から目線で「正しさ」を押し付けてくるのに、自分の矛盾や間違いは棚上げする「ダブルスタンダード」が目に余る。また、「リベラル(自由主義的)」を自称しているのに、「個人の自由」を尊重せず、「国家による介入」を正当化して、「言論規制」まで正当化する「権威主義者」というのが、私のX(旧ツイッター)での問いかけに集まった意見の要約だ。
今回の衆院選(2026年2月8日投開票)の各党支持率を見ても分かる通り、中道(立民と公明)、共産、れいわ、社民といったリベラル左派政党はジリ貧と言わざるを得ない。昨年の参政党の躍進や高市政権への高い支持率は、その思想への共鳴だけでなく、リベラル左派勢力に対する失望も大きい。保守政治家でありながら、リベラルへの共感を隠さない石破茂元首相が支持を失い、政権から引きずり降ろされたことも、それを如実に物語っている。
だが、昔からリベラル左派がこれほど嫌われていたわけではない。少なくとも民主党政権(2009年8月~2012年12月)が下野するまでは、国民の中にリベラル左派に対する一定の支持があったのは確かだ。さらに遡れば、60年代、70年代の学生運動が盛んな時期には、より過激なマルクス主義的思想(社会主義や共産主義)に共鳴する若者が多かった。80年代後半に大学生だった私の時代には、実存主義のアンチテーゼとしての構造主義やポストモダンが流行したが、そうした哲学者や思想家の多くもどちらかと言えば左寄りで、西部邁のような保守思想家を好む若者のほうが少なかったのだ。
今では考えられないかもしれないが、なぜそれほどまでに日本で左寄りの思想が支持されたのか。それは「もう戦争は懲り懲り」という厭戦気分が色濃く残っていたからだ。大政翼賛会による挙国一致体制を敷いた大日本帝国政府が、「進め一億火の玉だ」と戦意を駆り立て、国民を戦争に総動員した。大本営が連戦連勝のウソ発表を繰り返し、軍国主義に異を唱える者は「非国民」として排斥された。治安維持法によって思想犯として監獄にぶち込まれ、拷問まで受けたのだ。
エリート軍人の中には物量面で連合国に勝てる見込みはないと分かっていた人もいた。しかし、日本を覆った全体主義的な「空気」に逆らえず、無謀な作戦に突き進んでいった。その結果、ミッドウェー海戦やガダルカナル島での戦いで大敗した日本軍は劣勢に陥り、310万人とも言われる死屍累々の戦死者を出しただけでなく、日本が焼け野原になるほどの甚大な被害をもたらした(日本軍参謀たちの無謀な戦いぶりや日本を覆う「空気」の功罪については、野中郁次郎氏らの研究グループが書いた『失敗の本質』や評論家・山本七平の『「空気」の研究』などを読んでほしい)。
この敗戦によって米国に占領された日本は、マッカーサー元帥率いるGHQ(連合国最高司令官総司令本部)の指導によって、戦前の軍国主義を真っ向から否定する民主国家を建設することになった。子どもたちに軍国主義的な記載を墨で塗りつぶさせた「黒塗り教科書」は、戦後の価値観の転換を象徴する衝撃的な出来事として、私の親世代の人たちの記憶に強く刻まれていた。そして、神聖不可侵の天皇が軍の統帥権を持つ大日本帝国憲法を否定するかたちで、「国民主権」「平和主義」「基本的人権の尊重」を三大基本政策とする日本国憲法が、GHQの草案を元にして制定された。
ウルトラ保守の中には、日本国憲法を米国による「押し付け憲法」だと拒絶する人が多い。また、GHQの占領政策「War Guilt Information Program(WGIP)」のために、日本人に「あの戦争は侵略であり、日本が悪い事をした」と植え付ける「自虐史観」が刷り込まれたとも指摘されている。それが日本人の誇りを奪い、他国、とくに中韓に何度も謝罪を強いられる弱腰外交の原因になっているというわけだ。確かにその一面があることは否定しない。ただ、「もう戦争は懲り懲りだ」という痛切な悔恨があったからこそ、日本人の多くが平和憲法や反戦平和の思想を受け入れたのだ。
戦前の大日本帝国憲法は神聖不可侵の天皇を主権者とし、軍の統帥権も国会ではなく天皇にあるとしていた。そのため、政府が軍を統制することができず、それが暴走を招く結果となった。日本国憲法で主権が天皇から国民に移ったのは、国家権力の暴走を防ぎ「二度と無謀な戦争をさせない」ためなのだ。また、国会(立法)、内閣(行政)、裁判所(司法)が相互に監視・抑制し合うことで、国民の「権利」と「自由」を保障する「三権分立」の仕組みが、国の骨格となった。
つまり、最高法規としての日本国憲法は、国民を縛るためではなく、国家権力を縛るためにあるわけだ。国民の権利や自由を守るために、国家権力の権利や自由を制限する。それが日本国憲法に込められた根幹の思想であり、「立憲主義」という言葉の正しい意味だ。だからこそ、戦前にウソの大本営発表を垂れ流し、戦意高揚に加担した報道機関も、自分たちが国家権力の暴走を止められなったことを猛省して、権力批判や国民(弱者)の側に立つことを自己の使命とした。保守側から「偏向している」と言われようとも、それが戦後ジャーナリズムの本質なのだ。

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