… … …(記事全文5,203文字)2026年2月8日に投開票される今回の衆院選は、このままでいくと自由民主党の圧勝に終わるだろう。高市早苗首相へのシンパシーを隠さない参政党も大きく議席を伸ばすはずだ。それにしてもどうして、強硬な保守思想を隠さない高市首相や参政党がこれほどまでに人気なのか。その背景には日本の国力低下に伴う不安感と、中国に対する危機感があると思われるが、それ以上にリベラル左派勢力が「嫌われてしまった」ことが大きい。
若い人には想像もつかないだろうが、数十年前までは右派より左派のほうが「進歩的でカッコイイ」と思われていた。保守思想は反動的かつ懐古的で、年寄りっぽい感じがしていたのだ。だから、60年代、70年代の若者たちの多くが、マルクス主義的な思想に共鳴して安保闘争や全共闘運動に加わった。私が大学生だった80年代後半にも、キャンパスのタテカン(ベニヤ板の立て看板)やアジビラ(アジテーション・ビラ=扇動チラシ)にその名残りがあった。しかし今や、若い人ほど保守的な思想を支持する人が多く、リベラル左派勢力は年寄り臭くて敬遠されている。実際、高市政権の支持率は若年層ほど高いのだ(NHK選挙WEB 2026年1月22日閲覧 https://news.web.nhk/senkyo/shijiritsu/)。
なぜ、右派と左派のイメージが逆転してしまったのか。後述するように、それは権威主義を振りかざすようになった、メディアを含むリベラル左派の人たち自身に大きな責任がある。私はそれに大きな危機感を抱いている。なぜなら、戦後日本的リベラル思想の中にも、捨ててはいけないものがあると信じているからだ。しかし、リベラル左派の人たちは、自分たちが嫌われていることに気付いていない。あるいは気づいていないふりをしている。それが、最大の問題だと私は思っている。
戦後リベラル思想の中にある大切なものを若い人たちに知ってもらうには、リベラル左派勢力をいったん解体して、リベラル思想を再構築するしかないと私は思っている。そのためには、なによりもまず「リベラル左派勢力が嫌わる理由」を知ることが不可欠だ。そこで私はX(旧ツイッター)で、「リベラル」や「左派」が嫌いな人たちに、その理由をたずねる質問を投げかけてみた。それに対して、ありがたことに19人からリプライ、3人から引用リプライをいただいた。それらをXのAI〝Grok〟に投げて、要点を箇条書きに整理してもらった。それをコピペしたのが下記だ。
1. 自分勝手・ダブルスタンダードが強い
- 自分は良くて他人はダメというダブスタが多い
- ザ・自分勝手
- 被害者意識が強く、粘着質
- 自分の矛盾は棚上げ、他人の間違いは厳しく批判
- ネトウヨの開示は喜ぶが、パヨクの開示はスラップ訴訟扱い(ご都合主義)
2. 上から目線・押しつけがましい態度
- 自分が正しいと思い込み、他者に「正しい定義」を教えようとする
- 人の家に入ってきて自説を唱え、ルールに文句を言うような振る舞い
- 言葉巧みで仁徳が少ない(巧言令色鮮し仁)
- 恵まれた環境で胡座をかき、我儘な綺麗事を語る
3. コロナ禍で露呈した矛盾・権威主義傾向
- コロナ騒動で同調圧力や強制を支持・推進し、自由を侵害しながら「正義」を信じている
- 「人は条件が整わなければ自由になれない」→国家介入を正当化する権威主義
- 国家の再分配を正義とし、個人の自由を制限する自己矛盾
- 表現規制やヘイトスピーチ規制で「内面の自由」をけしからんと法規制を求める
4. 自称リベラルが本物のリベラルではない
- リベラルを自認する人が、実はリベラルではなくなっている
- 自称サヨクがポーズだけで偏狭な自由を押しつけ、エリート主義ファシスト化
- 左翼がリベラルと自称するせいで混乱する
- 本来のリベラル(個人の自由尊重)ではなく、他責性暴力やアメリカのプロパガンダに流される愚物
5. 議論の姿勢が悪い
- 議論を重ねて落としどころを探す態度が少なく、結論ありき
- 正義の押し売り、他者の意見を受け付けない
- 頭がおかしいようなことを本気でやり、他人に強制しようとする
1~5までを読んで、みなさんはどう感じただろうか。私はリベラル左派勢力のダメなところを、よくぞ的確に突いてくれたと思った。回答を寄せてくださった方々に、リベラリスト(「リバタリアン」ではなく、あえて「リベラリスト」とする)の一人として、あらためて感謝を申し上げたい。回答を私なりにまとめると、こんな感じだろうか。
今のリベラル左派勢力は、「上から目線」で「押しつけがましい」人が多い。「エリート主義」で人には偉そうに説教するくせに、「自分の矛盾や間違い」は棚上げする「ダブルスタンダード」が目に余る。そして「正義を押し付ける」が、自分の思想と異なる「他者の意見」には耳を傾けない。議論をしても最初から「結論ありき」で、「落としどころ」を探ろうともしない。「リベラル(自由主義的)」を自称しているくせに、「個人の自由」や「内面の自由」を尊重せず、「国家による介入」を正当化して、「表現規制」まで求める「ファシスト」あるいは「権威主義者」──たしかに、こんな自分勝手な人が隣にいたら、好きになるわけがない。

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