… … …(記事全文5,110文字)2025年12月6日、亡き妻の誕生日に私の新刊『妻を罵るな』(ブックマン社)が出ることをXで告知した。生きていれば46歳だった。
この本は、妻が生きた証だ。一文字一文字魂を込めて原稿を書き、一番信頼している編集者小宮亜里さんに出版を託した。また、湊かなえさんや東野圭吾さんなど妻が愛読していた作家の本を手がけたデザイナー片岡忠彦さんが、装丁を担当してくださった。もうプレゼントを手渡すことは叶わないが、奥付の初版の日付を妻の誕生日にしてもらった。そんな特別な本なので、リアル書店かネット書店でご予約いただけるとありがたい。予定通りなら12月23日(火)前後に配本されるはずだ。
妻は38歳のときにみずから命を絶った。その事実をXで初めて知り、驚いた人が多かったのではないだろうか。コロナ騒ぎやワクチン接種に抵抗する活動の中で、私は志を同じくする多くの人たちと知り合った。しかし私は、とくに親しくなった一部の人以外には、妻のことを打ち明けなかった。身内が自死したことを他者に明かすのは、とても勇気の要ることなのだ。妻のことで同情や憐れみを買いたくないという気持ちも強かった。
それに、コロナ対策を強要する全体主義が吹き荒れた世の中に、軽やかに抵抗したいという想いもあった。ただでさえ反社会的な人間であるかのように色眼鏡で見られがちな我々が、深刻な顔ばかりしていたらますます社会から孤立する。だから私は敢えて妻のことを公表せず、なるべく明るく振舞おうとしてきたのだ。だが、今年5月にある出来事があって、私は傷つき深く落ち込んだ。なかなか立ち直ることができなかったが、これは妻と向き合うべき時が来たという知らせだと思い直した。それが本書の執筆を始めた理由だ。元々、妻の闘病の記録を書き残さねばという、医療ジャーナリストとしての使命感に近い気持ちがあったのだが、そのタイミングが今だったのだ。
この本を実名で出版することには、とても葛藤があった。なぜなら妻のことで、悲しみ、苦しみを抱えているのは、私だけではないからだ。もしかすると波風が立ち、断絶を生むかもしれない。しかし、私には「書く」という選択しかなかった。最初は匿名で出版してもらおうと思っていたのだが、「医療ジャーナリストの鳥集さんの経験だからこそ、実名で出す意味がある」という小宮さんの説得もあって、実名で出す覚悟を決めた次第だ。
この本は、妻が命を絶った当日の、衝撃的な出来事から始まる。そして私たち二人の出会いから病を発症して命を絶つ日まで、妻がどんなふうに生きて、どんなふうに病と闘ったのか。さらに、妻を失ってシングルファーザーとなった私が、悲しみ、苦しみを抱えながら、どうやって日々を乗り越えてきたのかが書かれている。といっても、たんに妻と私の体験をなぞったものではない。私がこの本で一番に伝えたかったのは、みずから死を選んだ人の多くが、本当は「生きたい」と心の底から望んでいたはずだということだ。少なくとも妻はそうだった。
妻に会ったことがなく、何があったのかも知らないのに、「子どもを残して死ぬなんて無責任だ」と言った人がいた。けれども、妻は身勝手でも無責任でもなかった。むしろ、私たちのために必死で生きようと、13年も過酷な病に耐えてきたのだ。それは、そばにいた私が一番よく知っている。がんが肉体を蝕むのと同じように、脳の病が妻の命を奪った。だから、「身勝手だ」「無責任だ」などと言ってほしくなかった。残念ながら社会の一部にも、そうした偏見が残っている。本書によって、それが少しでも払拭されたらと思う。
妻は長男を出産してから、とても奇妙な症状に襲われるようになった。「呼吸」「まばたき」「飲み込み」が気になるとしきりに訴えるのだ。また、「息子を傷つけたらどうしよう」などとありもしない想念に囚われる「加害恐怖」や、「糖尿病になったらどうしよう」と取り越し苦労の恐怖に囚われる「予期不安」にも苛まれていた。それに耐えきれず、妻は自分で精神科病院へ行って、「うつ病」と診断されて帰ってきた。私は「強迫性障害(神経症)」ではないかと思っていたので診断名に疑問を持ったが、いずれにせよSSRI(セロトニン再取り込み阻害薬)という種類の抗うつ薬「パキシル(一般名・パロキセチン)」を処方され、亡くなる直近まで13年も飲み続けた。
SSRIには自殺リスクを高めるという研究もある。そのことも妻の死に無関係ではなかったと私は考えている。私はSSRIのリスクを知っていたので、妻に何度も「パキシルをやめることも考えないとね」と働きかけた。しかし、「これはおまじないだから」といって、妻はパキシルを飲むことをやめなかった。そして通っていた病院の精神科医たちも、漫然と13年もパキシルを処方し続けた。最後のほうは、飲む薬も増えていた。

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