… … …(記事全文7,340文字)大阪維新の会代表でもある大阪府の吉村洋文知事が3日、X (旧ツイッター)で以下のような投稿をして注目を浴びていた。
ここで吉村は、大阪市廃止・特別区設置構想(いわゆる大阪都構想)を「府市合併」と表現した。わたしは当初、これは吉村のタイプミスかと思っていた。だが、ここに来ても吉村は「合併」という用語を削除していないことから、これは確信犯的に用いていると理解した。吉村の「合併」という投稿に反応して、維新の支持者らも「都構想は府と市の合併。間違っていない」等々と擁護する反応が数多く見られた。だとすれば、これは吉村による一種のイメージ戦術だと推測する。
その証拠に、橋下徹元大阪市長も、Xで「府庁市役所を合併する都構想」と投稿し、いわゆる都構想を「合併」という言葉を使って説明している。こうなると、「府市合併」は吉村のタイプミスどころか、組織的な印象操作の一環だろう。
過去2度の住民投票において、維新は「大阪市はなくならない。なくなるのは大阪市役所と大阪市議会だ」といった詭弁を弄していた。だが、今回はそれが使えないと考えたのか、今度は「府市合併」という造語を使って印象操作を進めているかのようである。目的は、ショックの緩和。「大阪市がなくなる」よりは、「合併」のほうが大阪市民の抵抗も少ないと考えたからではないか。大阪市の廃止より、大阪府と大阪市の「合併」のほうが、府と市は"同格"になった気分にさせられる。受け取る側にすればなんとなくソフトな感じだ。狙いは、そこ。印象操作とミスリードである。
これまでの住民投票では、大阪市がなくなる事実に嫌悪感を持つ大阪市民は少なくなかった。住み慣れた自分の街の地名が変わり、おまけに大阪市までなくなってしまう。代わりに誕生するのが特別区であり、これに違和感や拒否感を抱いていた人は確かにいた。都構想が持つ構造的な欠陥は大阪市が廃止されることだけではないのだが、市民感情からすれば「大阪市廃止」の意味は決して小さくない。そこを敏感に感じ取った維新は、「大阪市はなくならない」というプロパガンダを通じて市民感情の緩和に励んだのだと思われる。


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