以下は2023年5月3日に配信したメルマガである。今回、一部変更のうえ無料で再配信したい。なお、時制の関係で当時とは肩書等が異なる場合があることはご了承願いたい。また、当時は閲覧可能だったURLが現在は不可であるケースがあり、そこはカットしている。大阪維新の会の大阪府議団は議員定数の削減を進めるとしている。「これこそ身を切る改革」と手放しで喜ぶ人はいるだろうが、その反面、デメリットがあることも頭に入れてほしい。
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「衣の袖から鎧が見える」という諺がある。上辺は平静を取り繕いながら、ところどころに本音がうかがえるという意味である。あるいは、穏やかな態度で接していても裏に回れば武力や権力を使って押さえつけようとする意味だ。もちろんこれは良い諺ではない。このように言われた側は二面性のある人物と断定されたに等しい。
大阪市の横山英幸市長は4月26日、大阪市議会の定数(現在81)を、さらに削減する方向であると表明した。横山は市議会の定数削減について、「今回、過半数(の議席)を頂いたので、できるだけに速やかに進めてもらいたい」と述べ、あとは大阪維新の会に委ねる考えを示した。と同時に、「政治家の身を切る改革は維新の会の大きな方向性」と述べ、「『みんなが納得するまで議論を続けます』では、たぶん(削減案は)まとまらない。最後は一番良い案で進めてもらいたい」と語った。
横山の発言には大きな違和感がある。他国が日本の問題にあれこれ注文をつける内政干渉のような不快感が残る。理由は、行政トップが議会の問題に手を突っ込んだからだ。
国の議院内閣制と異なり、地方自治体では市長と議員のそれぞれが選挙によって市民から選ばれる。これを二元代表制と呼び、行政と議会は対等の立場から相互にチェックすることを役割としている。行政が打ち出す方針は適正なものか、また予算の組み立てや執行に問題がないかを議会がチェックする。
ただし両者は対等の立場だといっても、口出しできる内容とそうでないものがあるだろう。議員の数を増やしたり減らしたりすることは議会固有の問題ではないのか。当事者は議会であり、定数削減を決めるのはあくまでも議会の判断だろう。そこを無視して行政トップが口出しするのは越権行為だと言わざるをえない。
それでも百歩譲って横山の主張を認めたとしよう。越権行為や内政干渉は脇に置くとしようではないか。だが、違和感が消えるわけではない。ますます不快になってくる。まず、横山の主張を要約すれば、あれこれ議論するよりも、とっとと議会で決めてしまえという強引なものに他ならない。実に乱暴な態度である。
そもそも横山は市長の就任会見で次のように語っていた。
>時事通信 佐々木記者
ありがとうございます。あと1問なんですけれども、昨日の市議選で維新が初めて単独過半数を獲得して、市長として少数派の意見をどう取り入れるかなど、議会との関係性っていうのをどのように考えてるのか教えていただけますか。
>市長
はい。これは私、3期12年間、府議会議員もしてまいりましたし、その間で府議会の過半数を取ってきたこともあります。その時でも、どういう状況でも、必ず他会派とは丁寧に交渉するっていうのは、これは尽くしてきました。これは、大阪市議会、昨日の会見でも申し上げましたけど、過半数を取ろうが、取るまいが、議員っていうのは有権者に選ばれて議会に来てます。ですので、その方々の意見は、もうこれは平等にしっかり聞いていくというのが、必ず丁寧な議論を進めます。ただ、決められない政治っていうのだけを避けたいと思ってます。最後はやっぱり決めないといけないので、多くの方の意見を聞いて、いろいろ落としどころを探しつつ、必ず最後は決定するという姿勢で臨みたいと思います。
行政と議会の関係について記者から質問された横山は、「多くの方の意見を聞いて、いろいろ落としどころを探しつつ、必ず最後は決定するという姿勢で臨みたいと思います。」と語ってはいるが、その前に「もうこれは平等にしっかり聞いていくというのが、必ず丁寧な議論を進めます。」とも断言している。最後は「えいっ、やー」と決めるにしても、前提として「丁寧な議論」が必要だと語っているのだ。
だが、今回の定数削減についてはそのようなニュアンスではない。「みんなが納得するまで議論を続け」ず、「とっとと定数削減を議会で決めろ」と促しているに等しい。就任会見では丁寧な議論を続けるポーズを示しながら、わずか1ヶ月も経たない間に大阪維新の強引な議会運営に期待している。これほど見事な二枚舌もない。民主的な行政と議会の関係を口にしながら、腹では独裁的な政治を望む。これこそ「衣の袖から鎧が見える」ではないのか。
横山の主張に呼応するように、大阪維新大阪市議団の藤田あきら市議はツイッターで次のようにつぶやいた。
https://twitter.com/fujita_akira_/status/1651198766589050882
藤田は「既にたたき台の案は整理してあります。」とし、「5月議会に謀るスピード感で準備は整っています」(本文ママ)と書いている。藤田の言葉のとおり、大阪維新は即、動き出した。報道によれば、市議会で現在81ある定数を70前後まで減らす条例改正案を提出する方向だという。
横山と藤田の見事なまでの連携プレイ。いや、最初から仕組まれた八百長試合と呼んで差し支えないと思う。今回の統一地方選で大阪維新は大阪市議会で過半数の議席を得たことで、やりたい放題というわけである。
もちろん横山市長と藤田市議の定数削減提言には絶賛の声も少なくない。ツイッターの反応を見ると、「なんか、凄すぎて感動です」「さすがです。このスピード感の1/10でも堺市議団にあったらなぁ」といった維新支持者らの書き込みであふれている。市議会の定数削減は、大阪維新がモットーとする「身を切る改革」の具体化だという声もある。
だが、私に言わせれば横山と藤田の主張は噴飯ものでしかない。議会での独占化を目指す大阪維新の第一歩と呼ぶ以外にない。人々は「身を切る改革」という美名に酔い、ことの重大性を認識できずにいる。
大阪は他の政令市に比べて必ずしも議員が多いわけではない。むしろ少ないくらいだ。次のURLのトップ、「資料4」を見てほしい。これは2020年10月の国勢調査を元にして熊本市議会が作成した全国政令市の議員数である。
*注 現在、このURLは閲覧不可。
3年前の資料なので各政令市の議会定数は現在もこのままではない。いまの大阪市は83から81へと減っている。減っているが全体の数値に大きくは影響しない。特に「議員1人当たりの人口」をみると、この図では大阪市は33162人。定数を現在の81に直すと33980人となる。
この数字は、議会において市議の数が多いか少ないかを示している。最も少ないのは横浜市で次に名古屋市、そして大阪市である。あくまでも数値上の話だが、横浜市は1人の市議が43924人の市民を見る計算となる。一方、最も少ない静岡市の場合、1人の市議が見る住民は14446人。この数値だけをみると、横浜市議会のほうが静岡市議会よりも1人の市議が目を配る住民の数が約3倍ということになる。言い換えれば、議員の数を減らしたことで住民への"目配り"が静岡市より横浜市のほうが疎かになりがちともいえる。
私は4月12日配信のメルマガで、以下のように記した。
>彼らの狙いは行政と議会の独占であり、少数会派を排除することで多様な意見など無視することである。今回の大阪市議選は、残念ながら大阪維新の隠れた狙いを実現させることになってしまった。この先も彼らはさらに議員定数を減らし、大阪府市の独裁体制をより強固なものにしていくはずである。
この指摘は残念ながら当たってしまった。横山が新市長に就任し、大阪維新が単独過半数を取った途端、彼らはさらなる議員定数の削減に手をつけようとしている。また同日のメルマガでは、議員定数の削減は大阪維新が提唱する「ニアイズベター」と矛盾することも指摘した。
「ニアイズベター」とは、住民にいちばん近いところで行政や政治を行うことが最善であるという地方分権の考え方である。この考え方は地方自治にとって特別なものではない。特別なのは大阪維新の思考回路である。彼らはこれまで、「大阪市長1人が約270万人もの市民を見るのは無理。だから特別区の設置が必要だ」と訴えてきた。早い話が、大阪市廃止・特別区設置構想(いわゆる大阪都構想)を正当化するための詭弁でしかない。自分たちに都合がいいように「ニアイズベター」を解釈している。
すでに何度も指摘したことだが、あらためて書いておこう。ニアイズベターを実質的に担っているのは市長ではなく各行政区に複数いる市会議員なのだ。
市会議員の事務所は地域の相談所としても機能し、各議員は市民の要望や役所への苦情などを日々耳にしている。その要望等を役所に伝え、役所も対応するという連携もできている。大阪市長が1人で約270万人もの市民の声を聞けるはずがなく、その実質的な役割を担っているのが個々の議員なのだ。
ところが大阪維新はニアイズベターの実質的な担い手である市会議員の数をさらに減らそうとしている。口では「ニアイズベター」と言いながら、腹の中ではその理念を実行する気もない。定数の削減はニアイズベターとは正反対の考えなのだ。
大阪維新が議員定数の削減に血眼になる根拠は「身を切る改革」のようである。身を切る改革とは、議員自らが率先垂範的に"血"を流して改革を断行することで、市民にも一定の理解を得るという意味のようだ。増税や補助金のカットなど、急進的な改革を進めると歪みやリアクションが生じる場合がある。そこで大阪維新の議員は市民の理解を得るために、自らが身を切って報酬などをカットする。いわば自己犠牲的な規範であり、彼らが何らかの改革を進める際のエクスキューズになっている。
「身を切る改革」に賛同する人は多い。「さすが維新!!」と褒め称える支持者は少なくない。だが、議員定数の削減は本当に「身を切る改革」なのだろうか。結論からいえば、議員を数人減らしたところで経費削減としては無に等しい。
大阪府の財政のうち「目的別歳出の状況」の「議会費」を見ると、歳出全体のわずか0.1%しかない。議会費とは議員報酬などに出ていく経費のことだが、定数を数人減らしても歳出全体からみればゼロに等しい。税金のムダというのなら、大阪湾に浮かぶ人工島・夢洲の土壌改良費に約790億円も投入するほうが、はるかにムダだろう。
また、定数削減は大阪維新の議員にとっては何のデメリットもリスクもない。なるほど、定数5人が4人や3人に減ると選挙で当選する確率は低くなるだろう。だが今回の統一地方選の結果を見てもわかるように、市内24区の選挙区でトップ当選を果たしているのは天王寺区の1人を除いて残り全員が維新候補者である。
https://www.nhk.or.jp/senkyo/database/touitsu/27/18710/skh51688.html
同党の支持率の高さ、吉村知事の超人気ぶりが維持される限り、大阪維新の現役議員が落選する可能性はとても低い。落選するとすれば多くは新人だろう。もっとも、大阪維新にすれば一定の議席を確保できれば新人議員が落選しようが痛くも痒くもない。新人を含めて各議員は使い捨ての駒でしかない。
代わって落選の危機に見舞われるのは自民党や共産党、公明党だ。無所属も危うい。結局、議員定数の削減は大阪維新にメリットはあっても他党にはデメリットしかない。少数会派は議会から追い出され、最後に残ったのは大阪維新だけというグロテスクな構図である。市議会の定数削減とは、大阪維新の議会支配を強化するためのものでしかない。
横山市長と同様に、大阪府の吉村洋文知事も「衣の袖から鎧が見える」が露骨になってきた。吉村は、いわゆる都構想の是非を問う3度目の住民投票に言及しはじめたのだ。オブラートに包んだような慎重な発言をしているが、本心は住民投票に乗り気なのは間違いない。
2020年11月1日に投開票が行われた住民投票では反対票が賛成票を僅差で上回った。この瞬間に都構想は泡と消え、当時の松井一郎大阪市長は責任を取るとして政界を引退した。かたや吉村は、「僕自身が大阪都構想に挑戦することはない」と断言した。だが本心は違うだろう。大阪維新の中にも都構想の実現を目論む原理主義派が存在し、また吉村もその1人だと想像する。
私の予想では、吉村は府知事としての4年の任期を終えれば政界を引退する。その後は橋下徹、松井一郎と同じくテレビを中心としたマスコミに露出することを計画していると思われる。
この計画が事実だとすれば、吉村は残された4年の任期の間で大阪史に残る"輝かしい成果"を獲得したいはずなのだ。その栄光を引っ提げて"ご意見番"としてマスコミに影響を与える存在になりたいのだと想像している。
では「輝かしい成果」とは何か。1つは2025年の大阪万博だろう。大阪で国際博覧会を成功させた知事として歴史に名を刻みたいはずだ。そして次が都構想の実現である。誰もなし得なかった"偉業"を達成した政治家として名を残したい。目立ちたがり屋の吉村が、そう考えても不思議ではない。むしろ吉村だからこそ都構想の実現に執念を燃やしているのだ。
ただ、2度目の住民投票で否決されたときに「僕自身が大阪都構想に挑戦することはない」と断言してしまった手前、ストレートに住民投票を実施するのは気が引ける。すでに府市の両議会で大阪維新は単独過半数を得ているので、住民投票条例案を可決させることは可能である。ただ、何らかの大義名分がないまま強引に事を進めてしまうと世論の反発もある。そこで吉村は知恵を絞ったようである。会見での次の発言に注目してほしい。
>「今回選挙で掲げていないので、何らかの民主的プロセスが必要、それが次の選挙なのか、それ以外なのかは分からないが」
ポイントは「民主的プロセス」である。ここをクリアすれば吉村は住民投票を確実に実施する。では、民主的プロセスとは何なのか。単純に考えるならば選挙だろう。だが、吉村が4年後には政界引退を考えているとすれば、次の統一地方選まで待つという悠長なことはしないはずだ。では、どうするのか。
おそらく吉村は出直し府知事選を仕掛けてくるはずだ。「都構想を実現するための住民投票を行いたい。そのために民意を問う」として吉村は知事を途中辞任し、出直し府知事選を行うのではないか。その時機は、おそらく2025年大阪万博が終わってからだろう。つまり2年後である。
万博スタートまで残り2年を切ったいま、準備に追われる大阪府市の職員たちに都構想の事務仕事をやり遂げる余裕はない。だが終了後なら時間ができる。おそらく吉村は、万博終了後に出直し府知事選を仕掛けてくるだろう。この間、大阪府民の吉村人気が続いていれば吉村の圧勝で終わる。だいたい出直し選挙が実施されても、吉村の対抗馬が見当たらない。結果、吉村が当選し、「民意は都構想に賛成した。では住民投票の実施を」となる。このシナリオの可能性は高いと見ている。
もう1つの方法は、<都構想の是非を問う住民投票〉の是非を問う別の〈住民投票〉である。ややこしい表現だが、住民投票のための住民投票である。つまり、住民投票を2回やるのだ。1度目は「都構想の住民投票をやることに賛成か反対か」を問うもので、ここで賛成多数になれば、本番の住民投票をやるというスケジュールだ。
ただこの可能性は低いと思われる。有権者にしてみれば間髪を入れず住民投票を2度も行うことには心理的抵抗があるからだ。「税金の無駄」という反発も予想される。なので、この可能性は低いだろう。可能性があるのは出直し選挙である。
橋下が大阪市長だった2014年3月、彼も出直し市長選を実施している。このときの大義名分も「都構想実現のために民意を問う」だった。あまりにも意味のない選挙だったので、他党は候補を出さなかった。橋下以外では泡沫候補が3名出馬しただけである。
このように吉村や大阪維新が「民主的プロセス」を口にする場合、それは同じ選挙でも出直し選挙を指すことが多い。おそらく吉村は、2025年大阪万博が終われば出直し府知事選を仕掛けてくるだろう。
ただ、一方で気になる動きもある。まずは次の記事を読んでほしい。
*注 現在、このURLは閲覧不可。
特に注目したいのは次の箇所である。
>維新内部には、大阪都構想を実現するには大都市法の改正を行い過去2度とは別の形を模索するべきだという意見もある。国会で法改正に取り組むのであれば、公明党は再び大きなカギとなるだろう。
「意見」とはいえ彼らは「大都市法の改正」に触れているのだ。では、何を改正するのか。住民投票ナシで都構想を実現する法改正ではないのか。日本維新の会が国会で大都市法の改正案を国会に出し、可決させるという計画である。
万が一こうなると、大阪府知事が大阪府議会へ、大阪市長が大阪市議会に、それぞれ「都構想条例案」なるものを提出し、府市の両議会が可決した瞬間に都構想は実現する。かなり乱暴な計画だが、大阪維新が大阪府市で強大な力を持ち、日本維新が野党第一党になりかねない勢いがある現在なら、それも可能である。
もし日本維新が大都市法の改正を目指すのなら、またしても公明党を揺さぶるだろう。公明党の牙城である衆院選大阪・兵庫の6小選挙区に維新候補を立てない代わりに大都市法改正案に賛成しろと迫るわけである。その場合、公明党はどう出るだろうか。おそらく屈するだろう。「常勝関西」という呪縛から逃れられない限り、この宗教政党は常に大阪維新や日本維新の言いなりである。
大阪での統一地方選に圧勝し、衆院和歌山補選でも勝利した維新。横山市長の定数削減発言と吉村知事の住民投票前向き発言は、「衣の袖から鎧が見える」でも氷山の一角にすぎない。そのうち彼らの本性が徐々にわかってくるだろう。「独裁」という本性である。(文中・敬称略)
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