このメルマガは2021年7月7日号に配信したもので、なぜ維新は大阪で人気があるかを分析したものである。なお、時制や肩書きは当時のままであることをご了承願いたい。
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大阪維新の会(以下、維新)の前身である「自由民主党・大阪維新の会」が大阪府議会で産声を上げたのが2010年4月。その後、同会派は「自民党」の看板を脱ぎ捨て、「維新」を名乗った。その維新が2011年4月の統一地方選以降、大阪府・市の行政と議会を完全に牛耳ってから10年が経過した。
維新が"完全制圧"したのは大阪府と大阪市だけではない。政令市である堺市も維新の手に落ちた。堺市では2019年6月9日投開票の市長選で、維新の永藤英機元府議が市長に就任。他に守口市や枚方市、箕面市、八尾市などの市長も、今や維新のメンバーである。兵庫県では7月1日に知事選の選挙がスタートしたが、維新公認で自民党推薦の斎藤元彦候補(総務省出身、前・大阪府財政課長)が当選する可能性もあり、そうなれば府外での影響力が増していくのは確実である。
大阪で2010年に維新が誕生してから11年の歳月が流れた。その間、表と裏のあまりの違いに愛想を尽かして維新から逃げ出す府議や市議も数多くいた。居残った者の中には政務活動費を不正使用した市議がいたり、愛知県知事の不正リコール問題で逮捕されたり、また秘書が知人を車ではね飛ばしたりと不祥事を起こす議員らは今も絶えない。維新議員や関係者の不祥事をリスト化すれば、紙が何枚あっても足りないだろう。
それでも維新は選挙で勝ってきた。7月4日投開票の東京都議選の結果は惨憺たるものだったが、特に大阪での維新は圧倒的に強い。違反や不正がバレてマスコミ沙汰になった府議や市議が目に余るほどいても、どうしたわけか大阪の有権者は維新を見放さない。一体全体、この理由は何なのか。東京や他府県に住む人とこの話をすると、必ず「なぜ大阪の人は維新贔屓なのか」と質問される。そこで今回のメルマガでは、その理由を少し書いてみることにする。
維新が大阪で強い理由は大きくわけて2つあると思っている。1つは、創立の地である大阪の特殊事情。そして維新の巧妙な宣伝作戦である。
大阪の特殊事情とは、過去に大阪が抱えてきた政治的な"暗黒史"のことである。特に大阪市に巣食う数々の"闇"こそが維新を最強にした元凶とも言える。
大阪市の根深い闇が発覚したのは2004年末。大阪市職員厚遇問題と第3セクター問題である。いずれも大阪市の信用と信頼を根底から覆すほどの最低、最悪な問題だった。それらがマスコミで報道されると国民は唖然とし、大阪市民は大いに怒った。マスコミと世間から集中砲火を浴びた大阪市は文句も言えず、ひたすら頭を下げるしかないサンドバッグ状態に陥った。
職員厚遇問題とは文字通り、大阪市役所の中で甘い汁を吸うダメ公務員が掃いて捨てるほどいたことを指す。ろくに働かないどころか、某区役所では定時前の退庁を組織的に行っていたことまで発覚した。本庁の職員でも労組のメンバーなら途中で仕事を抜け出すことも許された。某労組などは専用の豪華なビルを市内に構え、ある部屋では税金で購入したフィットネス器具まで見つかった。当時の大阪は"公務員パラダイス"などと皮肉を言われ、市民からは目の敵にされたものである。
第3セクター問題とは、旧WTCビル(現・大阪府咲洲庁舎)に代表されるバブル経済の終焉後に建設した数々の巨大な箱モノが経営破たんした問題をいう。莫大な公費をつぎ込んで豪華な箱モノを次から次に作ってはみたが、いずれも破たん。結果、大阪市は巨額の借金を背負うことになった。と同時に、それまで「裕福」と言われてきた大阪市の財政は、第3セクター問題を契機に赤信号が灯ることになった。
大阪府も大阪市と同じだった。この時期の府もまた、関西国際空港の対岸に建設した「りんくうタウン」などさまざまな開発に失敗している。
さらに大阪府では、当時の太田房江知事(現・参院議員)が府債の返済に充てるはずの減債基金という積立金を取り崩し、財政赤字を覆い隠すために一般会計に組み入れていたことが明らかになった。この"禁じ手"を太田知事は議会に報告しなかったことで府議会の各会派は猛反発。自民党は3期目の府知事選で太田への公認を取りやめた。
なお、減債基金の取り崩しについて太田は、緊急措置であり財政再建団体への転落を回避するためのやむを得ない措置であったと後に反論している。
https://agora-web.jp/archives/2036397.html
さて、太田知事の次に登場したのが橋下徹だった。橋下は「大阪府の改革」を公約に2008年1月、府知事選に立候補。約183万票を獲得して当選した。なお、2008年当時は維新の誕生前であり、このとき橋下は無所属で立候補している。もっとも、無所属といっても裏では自民党が後押ししており、橋下が府知事選に立候補するにあたって党本部の選対幹部らとの面談を繰り返していた。
橋下が府知事選で圧勝できたのは知名度の高さにあった。当時の橋下は「茶髪弁護士」としてテレビの情報番組のコメンテーターを務めていたからだ。だが、より本質的な理由が別に存在した。府民の心には大阪府・市の暗黒史への記憶がまだまだ残っており、両行政に対する不満がナニワの街に充満していたからだ。先に記した大阪の"暗黒史"が橋下知事誕生の背景に存在したことは間違いない。
喩えるなら、引火性のガスが充満した部屋にわずかな火花が飛べば大爆発を起こすようなものだろう。「ガス」とは府民、市民の大阪府と大阪市への怒りであり、「火花」とは橋下の存在であるのは言うまでもない。もし橋下が大阪府・市の暗黒史への記憶が冷めやらぬ時代ではなく、府市の財政も潤沢だったバブル期の真っ最中に登場すれば、あそこまでの熱狂で迎えられなかっただろう。橋下知事誕生という結果を産んだのは、当時の大阪が抱えた特殊事情という隠れた原因が存在したからである。
余談だが、私と橋下の出会いは、このときの府知事選の最中だった。支援者の集会が終わった直後、橋下は集まっていた記者たちの質問に答えていた。私はその会見の輪の中にいた。
会見が終了後、私は彼に声をかけ、出馬の動機や府の行政運営などの話をしたことを覚えている。別れ間際、拙著『大阪破産』を手渡し、これで大阪府・市の暗部がわかるはずとアドバイスしたこともはっきりと記憶している。果たしてそのアドバイスに従ったのかどうか。橋下はその後、特に大阪市の過去の暗部にことさらこだわり、公務員バッシングに励むようになってしまった。拙著が原因だったのだとしたら、なんとも複雑な気分になってしまう。
橋下人気もそうだが、維新の人気も大阪の暗黒史の延長線上にある。例えば大阪市の職員厚遇問題などから10年以上が経過しているのに、あるいは橋下以前の歴代市長も市政改革に大ナタを振るってきたというのに、維新は今なお、事あるごとに「大阪市を過去に戻すな」というキャッチフレーズを多用している。「既成政党(自民党など)は大阪市を過去に戻し、既得権益を失うことを恐れている」とことさらアピールすることで、市民が忘れかけていた大阪府・市への憎悪に新たな火をつけている。このフレーズの繰り返し作戦は見事に成功した。
火が消えてくすぶっている薪に風を送り込むと大きな炎が出てくるように、維新の巧妙な心理作戦によって、大阪府民と大阪市民は「大阪の改革はまだまだ必要だ」という感情を燃やすようになった。ただし、自民党や立憲民主党、共産党などが同じ手口を使ったところで、おそらく誰も見向きもしないだろう。橋下が維新と合流したことで、すでに大阪の有権者たちは「橋下さんはすごい。維新もすごい」「維新は信頼できる」という意識に支配されているからである。また、太田知事が穴を開けてしまった減債基金の積み立てや府財政の立て直しを進めるなど、表面的には維新の改革が成功したように見えたからである。
橋下と維新の登場以降、大阪の街に活況が一時的に戻ったのは確かだ。だが、それは彼らの政治だけに依るものではない。たとえば維新の活動時期である。日本がリーマンショックから立ち直りつつあった2012年の時期と重なり、また外国人観光客が関西に押し寄せた時代だったからである。インバウンド効果は為替レートの変動や関空の滑走路整備などといった外部要因が大いに貢献したものであり、リーマンショックからの脱却は日本経済の努力によるものだ。両者とも維新改革が功を奏したからだけでは決してない。また2025年大阪万博の誘致が成功したのは維新だけが頑張ったからではなく、政府や大阪府・市の両議会の支援も無視できない。
それでも大阪府民、大阪市民の多くはこれらの経済効果などを「維新のおかげだ」と信じている。なぜか。維新の宣伝が実に巧みだからだ。「良いことは維新の成果」「悪いことは既成政党が原因」といった善悪二元論的なアピール作戦が功を奏したからである。ウソも100回つけば「ホントだ」と信じる人が出てくるように、大阪府民と大阪市民の多くは維新式アピール作戦にまんまと騙され、さらに維新への信頼を寄せることになった。これは想像だが、維新には広告戦略やネットを使った謀略的宣伝に長けた人材がいるのではないか。
大阪で維新人気が衰えないことは選挙取材などで維新の支持者と会話してみると、よく理解できる。
前回2019年4月の統一地方選の最中、私は大阪市内で維新候補者の演説を取材しつつ、何人かの支持者と話をした。そこでわかったことは、大半の人は「なんとなく」といった、ふんわりとした気分で維新を支持していたことだ。その一方で、「維新になってから役所の対応はスピードが増した。市営地下鉄も民営化され、ますます市民には便利になる」という具体的な成果をあげる人もいた。特に多かったのは「政治なんか難しいからわからへん。でも、松井さんと吉村さんは頑張っていると思う」といった声である。いわば、半ば漠然としたイメージで維新を支持している人が大阪で目立ったのだ。
リーマンショック前に比べて大阪経済が持ち直したとして、また万博の誘致成功があったとして、それらの原因は様々な外部環境の変化に依るものだ。だが、大阪の有権者の多くはそう考えない。すべて維新のおかげだと考える。地下鉄のトイレが清潔になったのは維新のおかげ。大阪城や天王寺公園からブルーシートが消えたのも維新のおかげ。そのうち、新型コロナウイルスが消えたのも維新のおかげ、郵便ポストが赤いのも維新のおかげなどとバカを言い出す人も出てくるのではないか。
維新という政党は自党を魅惑的に語るプロパガンダに長けている。多くの大阪府民、大阪市民が維新に信頼を寄せるのは維新の巧みな宣伝効果のなせるワザなのだ。このことは、長く同党を見続けた取材者として痛いほど感じている。
大阪では維新が抜群の人気を獲得し、その人気に乗じて党勢を伸ばしてきた。その背景にあるのは大阪の特殊事情があったのは間違いない。維新という政党は、バブル経済崩壊による後遺症が深刻だった大阪という土地の「空間軸」と、大阪府・市の行政ミスから年月が経たない「時間軸」との"交差点"で登場した。大阪府民と大阪市民がバブル崩壊を目の当たりにし、「大阪の行政も公務員もダメだ」と痛感した中で維新が登場したことで、彼らは圧倒的人気という最大限のパワーを得ることになったわけである。そこに巧妙な宣伝戦略も加わった。そう考えると、維新は時流が味方したラッキーな政党であると言えるのかもしれない。
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