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やっぱり地理が好き
~現代世界を地理学的視点で探求するメルマガ~
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第266号(2026年8月16日発行)、今回のラインアップです。
①世界各国の地理情報
~一橋大学の入試問題から世界を見る⑦~
②大地が決める通貨
~第3回 銅 重くて安いから通貨になった~
③エッセイ
~文章と喧嘩していた私 「現代文は論理」「地理は思考力」という便利な言葉~
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こんにちは。
地理講師&コラムニストの宮路秀作です。
日頃、周りの人たちからは「みやじまん」と呼ばれています。
今回で266回目のメルマガ配信となります。
5月30日の土曜日、鎌倉で巡検をしてきました。
参加者のみなさんと歩き出す前に、私はこう申し上げました。
「歴史に自分の人生を重ね、地理に日常を重ねる」
ここは少し低いな、この辺りは山に囲まれて涼しいな。そういう感覚は普遍的なもので、どこへ行っても同じです。900年前の武士たちも、同じことを思っていたかもしれません。
鎌倉駅を出て、まず大蔵幕府跡へ向かいました。鎌倉幕府の最初の中枢が置かれた場所です。いまは私立の小学校が建っています。
問題は「なぜここなのか?」ということです。鎌倉の全体像から見れば、この場所は北東の端にあたります。鬼門です。災いが入ってくる方角とされた場所に、幕府は中枢を置きました。さらに近くには滑川が流れ、県道204号線として横浜市金沢区まで通じる道が抜けています。方角と、水と、交通の便。最初に置くとすれば、ここしかなかったはずです。
歩いていて、参加者の方から質問が出ました。
「なぜ鎌倉には、大きな道路がないのか?」
答えは、鎌倉幕府にあります。敵が入ってこられないよう、主要な道をつくらなかったのです。山を切り開いた切通しは、道幅が狭く、大勢が一度に攻め込めないよう工夫されていました。
ところが、その後にこの街へ人が住みました。そして景観を守るための条例ができました。渋滞がひどいから道をつくろうという話になっても、もう先に街ができています。だからつくれません。土日は車で外へ出るのも一苦労です。
景観を守るか、出やすさを取るか。
鎌倉とは、そういう街です。
もうひとつ、歩かなければ分からないものがありました。谷戸です。
鎌倉の山あいには、細長い谷がいくつも刻まれています。これを谷戸と呼びます。二階堂地区の大きな谷戸に立つと、左右が山で、谷の底が平らであることに気づきます。日本の谷は川が下へ削る力が強いため、断面がアルファベットのVのような形になりがちです。ところが鎌倉の谷戸は、底が平らなのです。
谷戸を奥へ進むと、どんどん狭くなり、緑に囲まれて、袋小路になります。荏柄天神社は、その小さな谷戸のいちばん奥にありました。参道を歩くと、外の暑さが嘘のように涼しい。木が多く、蒸散が盛んだからです。
鎌倉幕府ができる過程で、多くの人が死にました。その魂を鎮める場所として、この静かな行き止まりは適していたわけです。だから鎌倉には、寺社が異様に多い。
谷戸とは宗教空間でもあったわけです。
谷戸という言葉を知っているかどうかで、街の見え方が変わります。知らなければ、ただの坂道です。何気なく歩いていますが、そこには必ず理由があります。それを歴史に見るか、地理に見るか、という話にすぎません。
今回の「鎌倉巡検」については、動画を作成していて、販売を行っています。
当日の様子などちょっと覗いて見たい方は、下記のURL先からご購入いただけます。
▼あなたも行った気になれる 鎌倉巡検動画(約37分)
https://chirigasuki.base.shop/items/153100749
そして次回の巡検日程が決まりました。
日程は10月11日(日)11時30分より、場所は「横浜みなとみらい」です。
参加受付は9月1日より開始いたします。
それでは、今週も知識をアップデートして参りましょう。
よろしくお願いします!
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①世界各国の地理情報
~一橋大学の入試問題から世界を見る⑦~
巡検をしていると、現代社会における街づくりは社会的要因が大きく反映されていることに気づきます。
横浜市のみなとみらい周辺を今昔マップで新旧の街並みを比較してみると、かつて路面電車が走っていたことが分かります。これは1904年に開業し、1972年に全廃された横浜市電です。開業時は民営でしたが、1921年に横浜市が買収し、以後は市営として運行されました。
▲横浜市みなとみらい地区の今昔マップ
人口増加により路面電車が登場するも、市街地の拡大と交通量の増加にともなって新たなる交通手段として地下鉄が開通するというのは、世界の大都市でみられる傾向であり、東京や大阪も同様でした。
これを題材とした問題が、かつて東京大学前期試験の地理にて出題されたことがあります。こちらについては拙著『おもしろすぎる東大地理』にて解説しました。
▼『おもしろすぎる東大地理』(大和書房)
こうして、横浜みなとみらいを街歩きしてみると、狭い道路が存在する一方で、幅の広い道路が存在することを知り、幅の広い道路がかつての路面電車が運行されていた道路であることを実感します。
都市の姿は人間の行動パターンによって示され、時代によってその形を変えてきました。
文字通り「初歩的」な移動手段である、「歩く」という行為が道路をつくり、そして都市の姿を変えてきたといえます。
「一橋大学の入試問題から世界を見る」シリーズ、今回、2025年度前期試験第2問を取り上げていきます。リード文の出典は、レベッカ・ソルニットの『ウォークス 歩くことの精神史』です。
▼『ウォークス 歩くことの精神史』(左右社)
リード文は全部で776文字ありますので、まずは前半部分を見てみましょう。

