… … …(記事全文3,078文字)●再び特養から病院へ
母は1カ月の入院を経て特養(特別養護老人ホーム)へ戻ったのも束の間、再び水分不足、食事が摂れない等の理由で再び病院へ行くことになった。症状は、思ったよりも重く、息苦しそうで血中酸素濃度は、74%という低さだった。CT検査を行った結果、医師からは「誤嚥性肺炎を発症しています。できる限りのことはしますが、油断は禁物です。それからご家族は覚悟をしておいた方がよろしいかと思います。それと、もう施設へ戻ることはないでしょう」と診断された。
もちろん、再入院で酸素吸入、水分及びミネラル分の点滴、抗生物質の点滴が施された。弟とも情報は共有し、それ以外は妹だけに容体を伝えた。以上が7月27日のことである。
●症状が良化
病院での面会は、午後2時から午後5時までの時間帯でわずか15分間に制約されていた。連日面会に行っていたが、どうしても行けない場合は電話で看護師に状態を確認した。血中酸素濃度が回復したため、吸入する酸素量を減らしたとのことだった。私が訪れる時、母は決まって眠っていた。看護師に「ずっと眠っているのですか」と尋ねると「そんなことはありません。午前中はちゃんと起きていらっしゃいますよ」との返事に安心した。
その後、酸素吸入を中止し、容体が安定してきたことから病室もナースステーションの隣の「処置室」から一般の病室へと移された。7月29日は水曜日で入浴の日ということで面会の時刻を午後4時と遅めにされた。「もう入浴できるのか」と驚いた。しかし、行ってみると、「酸素吸入を中止したばかりなので、入浴は1週間後へ延期しました」と慎重を期する旨を聞いた。
妹が横浜から日帰りで面会に来た。私も同行したのだが、妹が耳元で話しかけると、母は反応し、妹であることを認知していた。ただし、言葉を発するまでには至らなかった。妹一家は、もともとお盆休みに、こちらへ来る予定であったので、妹は短い面会を終えてすぐに帰宅の途についた。
●母が遺した最後の言葉
8月5日、いつものように面会に行くと、突然、母が「テレビ…」と言いかけた。びっくりして「テレビがどうしたの?施設においてあるよ」と語りかけたが、その後答えることはなかった。テレビが観たかったのか、真意は分からずじまいだった。
