… … …(記事全文3,797文字)●起きれば常に「おはよう」
眠っていて食事だと起こされて、リビングへやってくると必ず「おはよう」という。もちろん父のことである。私が文句を言う前に、「『食っちゃ寝』ばかりで申し訳ない」と自分の方から言ってくるが、反省などしていないのは分かる。体重が増えるのは当たり前、その分私が痩せている。腹部も太ったため、ストーマーとの位置関係が微妙に変化し、パウチの粘着に工夫が必要になった。本人に全く自覚はない。
この「おはよう」は3回に1回は、正しい掛け声だ。だが、父が夕食前に起きてきて「おはよう」と言い、そこに弟がいた場合、面倒くさいことになる。弟がまるで怒鳴るような声で、「いま昼か、夜か」と問う。こちらは、確率2分の1である。答えたらいいのに、黙っている。そうすると、「時計を見なよ。外を見なよ」と弟の追及がエスカレートする。弟にすれば、認知機能が低下してもらっては困るという願いがあるのだろう。しかし、それを気にしても詮無いことだ。私は、一切関知しないことにしている。自身のストレスとなり(他にも多々ある)、メンタルがおかしくなるだけだからである。
●嫌いな物は食べない
食事のメニューについては、もちろんのこと豪華にできるはずがない。だが、せっかく出した物を捨てられるのには腹が立つ。その時の言い訳が「今日は腹がいっぱいだ。調子が今一つだ」で、「明日の朝食べる」で逃げることもある。私がおかゆを食べたくないので、3食おかゆを炊飯器で炊くのを止めた。普通にご飯を炊き、必要ならそれをおかゆにすればいい。弟が盛り付けをすると、どうしても大目になる。「そんなに食べないよ」と忠告しても大盛だ。
父の食事の仕方は、すべてのおかずを味噌汁のどんぶりに入れて、いわゆる「ねこまんま」にして食べる。したがって、配膳に趣向を凝らしても全く意味がないのである。「おかゆがいいのか、おじやがいいのか」と弟は尋ねているが、父にとってそんなに大きな差はない。洗い物をする際、味噌汁の残りとともに少しのご飯が残っている。残念だが捨てるしかない。コメ価格がこちらでも、なかなか下がらない状況なのに困ったものである。
しかし、父が好む物、例えば、赤飯、おはぎ、カップ麺などを提供するとペロリと食べてしまう。極端に言えば、3食同じでも気が付かず、食べてしまうだろう。要するに、自分が好まないものは、何だかんだと理由を付けて食べないのである。
●横浜から駆け付けた妹に「おはよう」
