… … …(記事全文3,885文字)●「今年1年長かった」と感じる
新しい年と誕生日(1月3日)を迎え、「今年1年長かった」と感じる年にしたいと目標を掲げた。その目標を達成するための具体策は、ほとんど頭の中にはない。「もう半年経った」とか「気が付けば12月」などよく言われるフレーズだ。年を重ねるごとに、時間が過ぎる速度が上がる。1度目の1年と72度目の1年とでは全く時間の流れが異なるというのは理解できる。そこを何とかブレイクスルーしたい。しかし、何かに没頭して充実した年になった場合、その分速く感じるのではないかとの思いもある。
●「ときめき」があれば
旧稿で、人間「ときめき」があれば、1年が速いとは感じない。逆に言うと、年を取るとだんだん「ときめき」がなくなり、1年が速くなるという説があると書いた。そういう私は、ある人に対して「ときめき」を感じていたのだが、昨年秋、突然連絡が途絶えた。それも、LINEは未読スルー(ブロックされているかも知れない)、電話は着信拒否、郵便は届いているのだろうが返信なし、宅配便は受け取り拒否と徹底した音信不通だった。これには、「ときめき」どころか、困惑とストレスで時間があっと言う間に過ぎてしまった。私はそうは思っていないが、世間一般では、この状態を「振られた」と言うらしい。
●老老介護で日常がルーティン化
また、父の在宅老老介護のことを考えると、正月どころではない。かろうじて、雑煮だけは、父の朝食が済んだ後に弟宅でごちそうになった。父の前で、きつく止めている餅を食べるわけにはいかない。日常は、デイサービス、訪問看護師の来訪、食事の支度、後片付け等々、父のスケジュールによって私の1週間まで、ルーティン化されているような気がする。父のことで私の生活、もっと大きく言えば私の人生を左右されたくないと思う。要介護調査の再申請を行い、早目に施設に入ってもらうのが一番の得策だ。しかし、ハードルがないわけではない。
