… … …(記事全文5,559文字)今年も残り少なくなった。一段と世知辛く、荒んだ1年だった。年末に来ての、花角英世新潟県知事の柏崎刈羽原発再稼働容認の判断、その後の県議会との茶番劇には、開いた口が塞がらない。県議会議員は、万一の場合、しっかりと責任をとれるのだろうか。連日の報道にもうんざりしている。SLC(Standby Liquid Control System)を起動したい衝動に駆られる。無論、犯罪ではあるのだが。
本稿では、弟から聞いた北朝鮮での話や帰国後の彼の言動で、変だなとかなるほどと思うことなどをランダムに書いてみたい。笑えることもあるので、年末に当たり少しでも皆さんを和ませることができれば幸いである。
※北朝鮮編※
●金日成主席葬送でのウソ泣き
金日成国家主席は、1994年7月8日に死去した。葬儀は国葬という形で、7月11日に平壌で行われた。北朝鮮全土から国民が平壌に集まり、地面を叩きながら泣き崩れる人々の姿が朝鮮中央テレビで報道された。その映像は日本のテレビでも放映された。
弟たちも例外ではなく、金主席の遺体を乗せた車が通る沿道に駆り出された。仲間内で「暑いなあ」などと世間話をしていると、誰かが「おーい来るぞ」と叫ぶと同時に、皆が泣き出した。弟たちも含め、もちろんウソ泣きである。車が通り過ぎ一段落すると、「散会、散会。帰ろう」と何事もなかったように、家路につく人が多かったという。
「もし、指導員に見つかったらどうする」と訊くと「大変なことになる。ただ、人が多すぎて指導員の目が行き届くわけがないと安心していた」という。「みんなウソ泣きなのか。地面を叩いて泣き崩れていた人がいたよ」と確かめると、「少なくとも沿道にいる人はウソ泣きだ。泣き崩れているのは、それ専門の人がいるんだ。そんなものだよ」とあっさり答えた。「ただ、テレビ中継などで世界に報道される場合は本気で泣く。何かのスポーツ大会で金正日総書記の写真が雨ざらしで、泣いていた選手がいただろ」と付け加えた。
