… … …(記事全文4,424文字)本日は配信が遅くなりました。情勢の動きを踏まえ、今夜のうちにお届けします。
【3行まとめ】
米国・イスラエルによるイラン空爆は、ベネズエラ侵攻に続く国際法無視の軍事力行使です。
「抑圧的政権だから潰してよい」という肯定論は、日本自身の安全保障をも蝕みます。
合意寸前の攻撃開始、その背後にあるリアリズムを直視し、日本は自前の戦略を持たねばなりません。
2026年2月28日、イスラエル軍と米軍がイランに対する大規模空爆を実施しました。ベネズエラ侵攻に続き、主権国家への武力行使が短期間に繰り返されています。いずれも国際法上の正当性には深刻な疑義があり、しかし同時に、それぞれに「肯定する語り」が流通します。「独裁で国民を苦しめる悪い国だから仕方ない」──この論法を、私たちは安易に受け入れてよいのでしょうか。本稿では、イラン攻撃をめぐる肯定論の構造を検証し、合意寸前から攻撃への急転回の背景を整理したうえで、日本が直面するリスクと取るべき姿勢を論じます。
「悪い国だから潰してよい」──肯定論のパターンを検証する
ベネズエラの場合、肯定論は比較的わかりやすい構造を持っていました。西半球における「米国の裏庭」に位置し、麻薬輸出国として犯罪国家と見なされていること。800万人規模ともされる国民の国外脱出が深刻な抑圧の証拠とされたこと。さらに、米軍の作戦が電光石火で完了し、米兵の被害がゼロであったこと。斬首作戦をベネズエラ国民が歓迎しているという映像も広がりました。これらの要素が重なることで、「結果的によかったではないか」という空気が醸成されやすくなります。
イランの場合も、肯定論の骨格は似ています。イスラエルの消滅を国是とするイスラム原理主義国家であるとされること。国民に対する抑圧があり、最高指導者の死亡を喜ぶ国民の映像が流れたとも言われること。さらに、イランの崩壊は中国の戦争遂行能力にも影響し、日本にとっても好都合だという見方すら存在します。
しかし、ここで立ち止まる必要があります。核心の問いはこうです。「どうせ自国民や他国を苦しめる悪なのだから、どんな形であれ攻撃して潰してもいい」──この発想を、国際秩序の原則として本当に採用してよいのか。この問いに目をつぶったまま「結果オーライ」に流されることは、将来、同じ論法が自分たちに向けられる可能性を放置することと同じです。
ベネズエラとイランの決定的な違い──誰のための戦争か

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