台湾をめぐる中国とその擁護者の主張は、「台湾は中国の一部だから何をするのも中国の自由だ」というものです。しかし、議論の本質は台湾の帰属そのものではありません。問うべきなのは、台湾への武力侵攻が国際法上許されるかどうか、そしてその結果として第三国の権利と安全が侵害されるかどうかです。
国連憲章2条4項と「内政論」の限界
国連憲章2条4項は、すべての加盟国に対し、
「その国際関係において、武力による威嚇又は武力の行使を、いかなる国の領土保全又は政治的独立に対するものも、また、国際連合の目的と両立しない他のいかなる方法によるものも慎まなければならない」
と規定し、武力行使とその威嚇を一般的に禁止しています。ここには「内政問題なら例外」という但し書きは一切ありません。
中国による台湾への軍事侵攻や、台湾海峡・バシー海峡の封鎖によって国際シーレーンが遮断され、米軍や自衛隊を含む同盟国の艦艇・基地への攻撃に発展すれば、それは明白に「内政問題」ではなく「国際関係における武力行使」となります。そして第三国の権利を直接侵害する行為になります。どの国も、他国に対して「侵略の権利」を与えることはできません。
そもそも台湾が本当に中国の一部であり、完全に自国内で統治を確立しているのであれば、「軍事侵攻」や「海上封鎖」そのものが不要なはずです。武力侵攻と封鎖を行った瞬間に、それは国際社会全体に影響を及ぼす行為へと性質を変えます。ここに、中国の「内政論」の根本的矛盾があります。
日中共同声明・平和友好条約が前提としたもの
次に、日本と中国の間の公式文書を確認しておきます。
1972年の日中共同声明第3項は、まず中国政府が「台湾は中華人民共和国の領土の不可分の一部である」と表明し、日本政府はそれに対して、この中国の立場を「十分理解し、尊重」すると述べたうえで、自らは「ポツダム宣言第八項に基づく立場を堅持する」としています。日本は、中国がそう主張していることを認識し、政治的に配慮する姿勢を示したに過ぎず、「台湾が中国の一部である」という法的結論を承認したわけではありません。
重要なのはその後段です。共同声明第6項は、日中両国が主権・領土保全の相互尊重、相互不可侵、内政不干渉、平和共存などの諸原則を土台に、「国際連合憲章の原則に基づき」、相互の関係におけるすべての紛争を平和的手段により解決し、「武力又は武力による威嚇に訴えない」ことを確認しています。
この流れを受けて、1978年の日中平和友好条約第1条2項も、
「前記の諸原則及び国際連合憲章の原則に基づき、相互の関係において、すべての紛争を平和的手段により解決し及び武力又は武力による威嚇に訴えない」
と改めて規定し、第2条では日中両国が「アジア・太平洋地域においても又は他のいずれの地域においても覇権を求めるべきではなく」、覇権確立の試みに反対することを表明しています。
つまり、日本は
・国連憲章の原則
・紛争の平和的解決
・武力不行使
・反覇権
という枠組みのもとで中国と国交を正常化し、平和友好条約を結んだのであって、台湾への武力侵攻の「権利」を認めたわけではまったくありません。
米中3コミュニケと台湾関係法:acknowledge=「留意」にすぎない
米国の対中文書も、基本線は同じです。
1972年の上海コミュニケで、米国政府は、
「台湾海峡両岸のすべての中国人が、一つの中国があり台湾はその一部であると主張している事実を留意(acknowledge)する」
と述べたうえで、台湾問題が「中国人自身によって平和的に解決されることについての米国政府の関心を再確認する」と表明しました。ここで米国がしているのは、「中国人がそう主張している事実を留意(acknowledge)する」ことであって、自ら台湾を中国の一部と認定することではありません。
1979年の国交樹立コミュニケでも、米国は中華人民共和国政府を中国の唯一の合法政府として承認したうえで、「台湾は中国の一部であるという中国の立場を留意(acknowledge)する」と述べるにとどまり、自らその立場を採用したとは書いていません。1982年の第3コミュニケも、この基本姿勢を繰り返したものです。
そして決定的に重要なのが、同じ1979年に制定された台湾関係法(Taiwan Relations Act)です。同法第2条では、米国の政策目的として、
・米国は「台湾の将来が平和的手段によって決定されるという期待に基づいて」中国と国交を樹立したこと
・「ボイコットや封鎖を含め、平和的手段以外によって台湾の将来を決定しようとするいかなる試みも、西太平洋地域の平和と安全への脅威であり、合衆国にとって重大な関心事項である」とみなすこと
を明記しています。
さらに第3条では、米国は
・台湾に防衛的な性格の武器を供与すること
・台湾の人々の安全や社会・経済制度を危険にさらす「武力又はその他の強制」に対し、合衆国がそれに抗する能力を維持すること
を政策として定めています。
要するに、米国は中国の立場を「留意(acknowledge)」すると言いながら、その裏側で「台湾の将来は平和的手段で決められねばならない」「非平和的手段は西太平洋の平和と安全への脅威だ」と法律レベルで釘を刺しているのです。ここから「米国が台湾侵攻の権利を中国に与えた」という解釈を導くのは、とても無理があります。
日本のシーレーン依存と「存立危機事態」
では、台湾有事は日本にとってどのような事態になるのでしょうか。
日本はエネルギー資源に乏しく、原油輸入の約9割以上を中東に依存しています。これらのタンカーは、インド洋からマラッカ海峡、南シナ海、そして台湾とフィリピンの間のバシー海峡を通って太平洋へ抜け、日本へと向かいます。台湾海峡周辺やバシー海峡はまさに「日本の生命線」ともいうべきシーレーンの要衝です。
ここが軍事行動によって封鎖されれば、原油だけでなく、液化天然ガス、食料、工業原材料など、ほとんどすべての戦略物資の輸送が止まります。エネルギー価格の暴騰どころか、そもそも物が届かず、数週間単位で日本経済が機能不全に陥るリスクがあります。
このような事態が起きたとき、日本の安全保障法制はどのように位置づけるでしょうか。
現在の平和安全法制では、「重要影響事態安全確保法」が定める重要影響事態と、「武力攻撃事態等対処法」(事態対処法)が定める存立危機事態および武力攻撃事態という、三つの事態類型を想定しています。
このうち存立危機事態について、事態対処法第2条4号は、
「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態」
と定義しています。一方、武力攻撃事態とは、防衛省の説明によれば、
「我が国に対する外部からの武力攻撃が発生した事態又は当該武力攻撃が発生する明白な危険が切迫していると認められるに至った事態」
を指します。
さらに、内閣官房や外務省が説明している「自衛の措置としての武力の行使の新三要件」の第1要件は、
「我が国に対する武力攻撃が発生したこと、又は我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険があること」
とされており、ここで武力攻撃事態と存立危機事態が並べて書かれています。
台湾有事では、例えば中国が米軍艦艇を攻撃しつつ、同時に日本のシーレーンを封鎖し、在日米軍基地や自衛隊施設にもミサイル攻撃を行う可能性があります。この場合、
・日本に対する直接攻撃という意味での武力攻撃事態
・日本と密接な関係にある他国(米国など)への攻撃により、日本の存立が脅かされるという意味での存立危機事態
が事実上重なり合うことになります。法律上は別のカテゴリーとして整理されていますが、現実の戦場ではきれいに区別することは困難であり、ほぼ同時に発生すると考える方が自然です。
そうなれば、日本が個別的・集団的自衛権を行使して対応せざるを得なくなるのは、国際法(国連憲章51条の自衛権)と国内法(事態対処法・平和安全法制)の両面から見た当然の帰結と言えます。
結論:「内政だから口を出すな」は成立しない
以上のように整理すると、
・国連憲章2条4項は、内政か否かにかかわらず「国際関係における武力行使・威嚇」を一般に禁止している
・日中共同声明と日中平和友好条約は、国連憲章の原則、紛争の平和的解決、武力不行使、反覇権を日中関係の前提としている
・米中3コミュニケは、中国の立場を「留意(acknowledge)」すると述べるだけで、台湾侵攻の権利を認めておらず、台湾関係法は「平和的手段以外」による台湾の将来決定を西太平洋の平和と安全への脅威だと宣言している
・日本のエネルギーと物流は台湾周辺のシーレーンに極度に依存しており、ここが封鎖されれば日本の存立自体が脅かされる
・その場合、武力攻撃事態と存立危機事態は現実には重なり合い、日本が個別的・集団的自衛権を行使せざるを得ない状況になる
という全体像が見えてきます。
したがって、「台湾は中国の一部だから内政問題であり、軍事侵攻しても口を出すな」という主張は、国連憲章の精神とも、日米が署名してきた公式文書と国内法の内容とも両立しません。中国は台湾に軍事侵攻しても第三国の権利を絶対に侵害しないと、本気で世界に向かって約束できるのでしょうか。問われているのは、まさにそこだと考えます。
中国がいま行っているのは、「台湾は内政問題だ」という意図的な論点ずらしによって高市政権を攻撃し、日本世論を揺さぶることを狙った情報戦そのものです。日本政府は、「すでに日中は情報戦という“戦時下”にある」という認識に立ち、日中共同声明や米中コミュニケ、台湾関係法の趣旨を踏まえて、諸外国にも理解できる形で論理的に反論しなければなりません。情報戦に敗れれば、最後には物理的な戦争に追い込まれることを、歴史ははっきりと証明しているのです。
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