… … …(記事全文2,832文字)来週以降に予定されている首班指名選挙とは、内閣総理大臣を決定する国会議員において行われる選挙です。
これまでは、一部の例外を除いて自民党(あるいは自公)の与党が多数派でしたから、与党が自民総裁に投票することで自動的に自民総裁が総理になってきましたので、この選挙に注目が集まることはあまりありませんでした。
ですが今は自民党が少数与党。しかも、昨日公明党が離脱したことで、自民党総裁が自動的に総理になるとは限らない状況となったことから、今、その行方に大きな注目が集まっています。
そんな中注目を集めているのが、立憲民主党による「玉木で一本化」論。自民党が少数派で公明も連立から外れているのだから、3つ4つの政党が一本化すれば政権交代が実現するじゃないかという事で立民が大きく主張し始めました。
しかし、この立民の主張は、「政党政治の常識」から考えれば、発言される方の品性を疑う程の至って不埒な主張なのです。
例えば公明党の斉藤氏は連立離脱を表明した昨日、「首班指名は斎藤と書く」とあえて発言したり、国民民主党の玉木氏が、自分を首班指名する可能性を示唆している立民に対してあえて「であれば(憲法9条問題や原発問題などについて)立憲民主党の皆さんが、国民民主党の政策に沿って一致結束した行動を取れるのか、ぜひ、党内調整と機関決定をしていただきたいと思います」と発言しているのは、「政党政治の常識」を尊重しているからです。
あるいは、維新の吉村氏も「立憲と国民民主が連立合意に至るなら、我々(維新)も真剣に聞く」と発言していますが、これは裏を返せば、「連立合意に至らないならば、我々は野党一本化案の話しに耳を傾けることはない」という事ですから、やはり「政党政治の常識」を尊重した判断をされている事になります。
かくして、立民が軽視、ないしは無視しようとしている「政党政治の常識」を、公明党、国民民主党、維新という各主要野党が尊重し、軽々に野党一本化をするということに慎重な態度を示しているのです。
では、ここで繰り返し述べた「政党政治の常識」とは一体何なのか―――それについて以下に簡潔に解説したいと思います。

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