□■□■【反骨の元外交官が世界と日本の真実をリアルタイム解説】 ■□■ □■ 天木直人のメールマガジン2013年4月23日第291号 ■ ============================================================== 無法状態に置かれ続けてきた沖縄の屈辱を知る ============================================================== 昨日4月22日の夜、私は東京に出かけてある集会に参加した。 その集会は「『オール沖縄』に連帯し、真の主権をとりもどす集い」というものである。 すなわち沖縄は今年の1月27日―28日に、保守・革新を超えた「オール沖縄」の県民代表団が上京し、政府にオスプレイ配備撤回、普天間基地の閉鎖・撤去、そして辺野古移転反対の建白書を手渡した。 そんな「オール沖縄」と日本国民が一体となって、政府に政策変更を求めようという集会である。 私はその集会にゲストスピーカーの一人として呼ばれる光栄に浴したのだ。 そしてそこで私はまた一つ新しい事を学んだ。 凡百の議論を繰り返すより一つの事実を知るほうがはるかに重要だというのが私の持論である。 だから私は私が得た新しい知識については読者と共有することにしている。 それを書くのがこのメルマガの目的である。 ゲストスピーカーの一人に琉球大学名誉教授の高嶋伸欣という人がいた。 その人が、沖縄がいかに無法状態に置かれ続けてきたかと言う事について、次のように教えてくれた。 まず次のサンフランシスコ条約第三条の抜粋を読んでいただきたい。 「日本国は・・・北緯29度以南の南西諸島(琉球諸島・・・を含む)・・・を合衆国を唯一の施政権者とする信託統治制度の下におくこととする国際連合に対する合衆国のいかなる提案にも同意する。このような提案が行なわれ且つ可決されるまで、合衆国は、これらの諸島の領域及び住民に対して、行政、立法及び司法上の権力の全部及び一部を行使する権利を有するものとする・・・」 このサンフランシスコ条約のまやかしを高嶋教授は次のように解説してみせたのだ。 すなわちこの条項により米国は直ちに国連に沖縄を信託統治下におく提案を行い、そして国連はそれを可決すると誰もが考えていたに違いないと。 国連総会は毎年9月だから、サンフランシスコ条約が発効した4月から半年ほどのタイムラグがあり、また各国の承認を得るまでには多少の年月はかかるかもしれないが、いずれにしても一両年以内には沖縄は国際連合の定める信託統治制度に従って米国の信託統治下に置かれることになるのがサンフランシスコ条約3条の定めるところである。 ところが第3条の二番目の文章には、米国が沖縄を信託統治下におく提案を行い、それが国連総会で可決されるまでは米国がその権力を行使する権利を有する、とされている。 米国はこの規定をいいことにして、国連に対して信託統治の提案を意図的に行なわないまま沖縄を統治し続けたのである。 そして米国による沖縄統治では、沖縄は決して米国の憲法に守られるわけではなく、1972年の沖縄返還まで米国の権力の思いのままにされてきたのだ。 すなわち沖縄住民はサンフランシスコ条約が発効してから日本憲法が適用される1972年5月15日までの間、憲法を持たない無法状態に放置されて来たのだ。 ありえない事だ。 私はもちろんこのような事は知らなかった。 日本政府は米国政府に対し、沖縄を早く信託統治下において国連による「法の支配」に基づく沖縄統治を行なうように要請しなかったのであろうか。 それにしても米国の狡猾さと、それに対する日本政府の鈍感さにはあきれ返る。 沖縄がサンフランシスコ条約発効の日が屈辱の日であるというもう一つの理由がこんなところにもあったと教えてくれるエピソードである。 もちろん安倍首相はこんな事は知らないに違いない(了) ──────────────────────────────── 購読・配信・課金などのお問合せやトラブルは、 メルマガ配信会社フーミー info@foomii.com までご連絡ください。 ──────────────────────────────── 編集・発行:天木直人 ウェブサイト:http://www.amakiblog.com/ 登録/配信中止はこちら:https://foomii.com/mypage/ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

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