□■□■【反骨の元外交官が世界と日本の真実をリアルタイム解説】 ■□■ □■ 天木直人のメールマガジン2012年8月8日第600号 ■ ============================================================== 泣きたいのは国民のほうだ ============================================================== 昭和史を語る保阪正康氏の書いたものにはいつも何かを教えられる。 それもそのはずだ。 彼は昭和史と言うこの国の間違いなく重要な歴史の一時期を、その 時代を知らない日本国民に語り続けていく覚悟を決め、それを自らの ライフワークにしているからだ。 その彼に敬意を表して、私は彼の書いたもので目につくものは極力 目を通し、そしてそこから何かを読み取ろうとしてきた。 また一つ私は彼に教えられた。それは権力者の慟哭の虫のよさに ついてである。 8月6日の毎日新聞「保阪正康 昭和史のかたち」という連載記事 は、「『敗戦の本質』映す八月の涙」と題するものであった。 その要旨は以下の通りだ。 すなわち日本が太平洋戦争の敗戦を受け入れた8月15日に関する 文献を読むと、当時の政治・軍事指導者がやたらに泣いているものが 目立つという。しかも慟哭である。閣議や御前会議などで戦時指導者 たちはひたすら泣き続けている。 そう言って保阪氏は下村宏国務相(情報局総裁)が書残した「終戦秘史」 や東郷茂徳外相の回顧録「時代の一面」その他多くの文献を引用し、それ らがすべて「涙一色」であることを指摘している。 私が注目したのはそれらを評する保坂氏の次の言葉だ。 ・・・私は、この涙には大別して三点あると考えている。第一点、 指導者たちは天皇に申し訳ないとの心理からくる涙であり、第二点は 自らのつくりあげた一等国幻想の崩壊、その悔しさ、そして第三点は、 (敗戦の)責任を回避する保身の涙というべきであろう・・・ そして保坂氏は当時の模様を取材した毎日新聞記者藤田信勝氏の日記 「敗戦以後」を引用して、玉音放送を取材した帰りに見た市井の人たちは 泣かなかった、道行く人も市電の車内の人も、誰もが一言も話さず黙って いた、という観察を紹介している。 そして保坂氏は、もちろん一般国民とて泣かなかったわけではないと して、戦後に引き揚げてきた元兵士が故郷で家族と抱き合って泣いている 光景や被爆者の涙をあげている。 そして、こう締めくくっている。 「(彼らの)一筋の涙は、そこに強い抗議の意味を読み取らなければ、 (彼らに)失礼である。あの8月から67年、涙で『八月十五日の本質』を 見誤ってはいけない」 最近の野田首相は、涙こそ流さないが、自らをぼこぼこにされている、 とか、国会でいじめられているとか、嘆く事が多いらしい。 さしずめ保阪氏の言う指導者の涙だ。 しかし、そこには国民に対して流すない。 なぜ決められる政治を行なって頑張っているのに上手くいかないのか、 という失望の嘆きだ。 保身の涙だ。 泣きたいのは国民のほうだ。 国民はそんな余裕さえない。 あの時もそうだったのだろう。 いまの大震災・原発事故の被災民はそうだろう。 権力者は戦争責任を取る事なく戦後を引き継いできた。 そんな誤りを我々は再び許してはいけないと思う。 3・11の後の日本はそれ以前の日本から決別しなければならない。 日本の権力構造は根本から変わらなければならない。変えさせなければ いけない。 今の政治の混迷は、同時にまた国民の正念場でもある。 了 ──────────────────────────────── 購読・配信・課金などのお問合せやトラブルは、 メルマガ配信会社フーミー info@foomii.com までご連絡ください。 ──────────────────────────────── 編集・発行:天木直人 ウェブサイト:http://www.amakiblog.com/ 登録/配信中止はこちら:https://foomii.com/mypage/ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

新しいコメントを追加