□■□■【反骨の元外交官が世界と日本の真実をリアルタイム解説】 ■□■ □■ 天木直人のメールマガジン2012年1月30日第80号 ■ ========================================================= 日本とイランは紙一重だったという話 ======================================================== ホルムズ海峡封鎖の危機が当面は回避され、国際原子力機関 (IAEA)の核査察をイランは受け入れた。 ここがイランとイラクの違いだ。 強硬一辺倒で米国に攻撃の口実を与えたサダム・フセインの イラクと違って、イランは硬軟あわせた巧みな外交を使っている。 もちろんIAEAの査察によってイランの核疑惑が解消される ことはないだろう。 イランは核保有を決してあきらめない。 従ってイスラエルのイラン攻撃の危険性はなくならない。 イラン情勢は今後も世界の最大の懸念として注目の的であり続 けるだろう。 しかし、このメルマガで書きたいことはそのような中東情勢の 事ではない。 核開発と原子力の平和利用の関係だ。 原子力の平和利用は許されても核兵器開発は許されない。 ところがこの二つは紙一重の関係であることは周知の事実だ。 だからこそイランは原子力の平和利用は国際的に認められた権利 だと主張し、世界は核兵器開発は許さないと躍起になる。 そして日本もまた今のイランと紙一重の国だったという話がこの メルマガの趣旨である。 一週間ほど前の1月24日の東京新聞が1977年の日米核再 処理交渉秘話をスクープしていた。 それによるとこうだ。 日本が核燃料サイクル開発を進める第一歩となった茨城県東海 村の再処理工場の運転開始。 その運転をめぐる1977年の日米交渉で、当時のカーター政権 と福田政権の間で、激しい攻防が繰り返されていた。 すなわち核拡散を懸念して反対する米国と、73年の石油危機後 の代替エネルギー確保を重視して米国の了解を取り付けようとする 日本。 その実態が東京新聞の調査で分かったという。 この交渉は、結局、日米同盟を優先する米国が日本の要求を認 める形で決着した。 しかしこの東京新聞のスクープが教えるものは日本も今のイラン と紙一重であったという事実だ。 原子炉でつくりだされるプルトニウムは核兵器に不可欠な原料だ。 そして日本は米国、フランスについで第三位のプルトニウム保有 国である。 日本が原子力発電を導入した理由の一つには核開発の野心があっ たということも明らかにされている(原発と権力 山岡淳一郎著 ちくま新書)。 そして米国は日本が「核武装をする気は毛頭ない」と繰り返す 言葉を「信用しなかった」(1977年交渉当時の外務省担当者)。 それから30年余りたち、もはや今の日米関係は日本の完全な 対米従属下に置かれている。 だから今の日本はイランとはまったく違うと思い込み勝ちだ。 しかし、少なくとも77年時の日本は今のイランと紙一重だった という認識は必要だ。 そしてその懸念は実は今でも完全に払拭されていないのだ。 米国は今でも日本を手放しで信用してはいない。 たとえ米国の懸念が薄らいだとしても、世界は決して日本をその ような目では見ない。 そして日本は3・11を経験してもなお原発を維持しようとして いる。 しかもその理由の一つに、つねに核兵器保有の野心がくすぶり 続けているということが言われる。 原発輸出を積極的に進めている。 世界から見れば日本は今でもイランと紙一重ではないか。 この認識は必要である。 日本は大きな顔をしてイランや世界に核開発反対を主張できる 立場にはないのである。 了 ──────────────────────────────── 購読・配信・課金などのお問合せやトラブルは、 メルマガ配信会社フーミー info@foomii.com までご連絡ください ──────────────────────────────── 編集・発行:天木直人 ウェブサイト:http://www.amakiblog.com/ 登録/配信中止はこちら:https://foomii.com/mypage/ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

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