□■□■【反骨の元外交官が世界と日本の真実をリアルタイム解説】 ■□■ □■ 天木直人のメールマガジン2011年12月27日第923号 ■ =========================================================== 福島原発事故は国民法廷で裁かれるべきだ ========================================================== 歴史を少しでも学んだ者なら、戦後の日本が真の民主主義国家 になれなかった理由が、あの戦争責任を我々国民の手で正しく裁け なかった事にあることを知っている。 戦後の日本は、米国占領軍と当時の為政者が、軍部にそのすべての 責任を押しつけて、真の責任者たちの支配体制を継続させたことで 出来上がった。 そのような支配体制が民主主義とは程遠いものであることは自明だ。 戦後の政治がいつまでたっても国民生活優先の政治を実現できない 理由がそこにある。 今度の大震災とそれによって引き起こされた原発事故の被害は第二 の敗戦だと皆が言う。 特に福島事故の被害は人災であると言われる。 その事が昨日発表された政府の事故調査・検証委員会の中間報告書 で明らかにされた。 それをきょう(12月27日)の各紙が一面トップで大きく報じて いる。 ならば福島原発事故は、最終的には国民の手で裁かれなければ ならない。 国民の手によって国民法廷を開き、どんなに時間をかけてもいい から徹底検証を重ね、後世に残る判決が下されるべきだ。 東京裁判をもう一度やり直すことは現実には困難だ。 それならばせめて第二の敗戦である福島原発事故を国民の手で裁く ことにより、あの時つくる事の出来なかった民主主義国家日本を、 国民の手でつくるのだ。 しかし国民裁判を現実に可能とするには大前提が不可欠である。 それは菅首相以下の当時の政府責任者、関係者を法的にすべて免責 にするということだ。 免責にするかわりに関係者すべてに対し、国民の前で真実を白状 させ、それを記録にとどめるのだ。 米国の裁判で言ういわゆる司法取引だ。 南アフリカのマンデラ大統領が行なった国民的和解だ。 個人の刑事罰、民事罰は問わないが、国家の責任を明確にする。 これである。 後に続出するであろう、被害者救済についての国家賠償が、どんなに 時間が経っても可能になる。 菅首相や枝野官房長官ら当時の責任者は、罪には問われないが無責任 で嘘つきだったと言う汚名が記録にとどめられる。 それで十分だ。 政府の事故調査・検証委員会は最終報告書作製に向けてさらなる 作業が残っている。 国会の調査委員会もやがて検証結果を提出する。 しかしそれらは不完全なものに終わるだろう。 なぜならば彼らもまた権力者側に立つからだ。 真の国民代表者ではないからだ。 どんなに国民に顔を向けようとしても、権力者の罪を裁けないからだ。 ならばそれらを一本化して正しい検証作業を一日もはやく始める べきだ。 その必要性については、すでに今度の中間報告書についても明らかに されている。 「踏み込みもスピードも足りぬ事故調報告」(12月27日日経社説) 「最終に向け踏み込め」(12月27日毎日社説) 「『首相の人災』検証不十分」(12月27日産経社説) 「国会事故調とのすみ分け課題」(12月27日朝日記事) などの意見がすでに飛び交っている。 そうであれば、それらの検証作業を国民裁判の形で一本化し、再出発 するのだ。 国民の手で福島原発事故を裁く。 日本が再出発するにはこれしかない。 責任者の誰かが、それを一日もはやく言い出さなければいけない。 了 ──────────────────────────────── 購読・配信・課金などのお問合せやトラブルは、 メルマガ配信会社フーミー info@foomii.com までご連絡ください ──────────────────────────────── 編集・発行:天木直人 ウェブサイト:http://www.amakiblog.com/ 登録/配信中止はこちら:https://foomii.com/mypage/ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

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