□■□■【反骨の元外交官が世界と日本の真実をリアルタイム解説】 ■□■ □■ 天木直人のメールマガジン2011年7月3日発行 第475号 ■ =============================================================== 安全性だけの理由で原発反対を唱える片手落ち =============================================================== 私がなぜ強固な原発反対論者となったのか。 それは今度の福島原発事故と、それを通して語れる様々な事実を通して、 核物質というものが如何に人間性に反するか、その事についてあらためて 気づいたからだ。 決して原子力発電所の安全性が確保されるかどうかの理由ではない。 ところがメディアで語られる脱原発論は、安全性のことばかりだ。 まるで意図的に核物質の非人間性を隠すかのようだ。 それには理由がある。 脱原発の議論が核兵器反対に及ぶ事を巧みに避けようとしているのだ。 今度の福島原発事故でわかった事は、冷却できなければ原子力発電所は たちどころに核兵器に変わるという単純な事実だ。 原子力発電所がテロの標的になれば核爆発を起こすということだ。 それにもかかわらず、原発の本当の怖さ、非人間性を本気で論ずる メディアは皆無である。 原発問題は、核物質が人間と両立しない事を正面から議論しない限り 片手落ちである。 たとえば次のようなエピソードをもっと大きく一般紙が報じなければ ならない。 7月3日の朝日新聞「ザ・コラム」で大野博人(オピニオン編集長)が 書いていた。 すでに1984年の時点で米国のインディアナ大学教授であった故 トーマス・シビク氏が米国エネルギー省の諮問に答える報告書で次の ように唱えていたという。 地下深くに建設される高レベル放射性廃棄物処分場をどこまで後世に 伝えられるかが大問題だと。知らずに掘り返したり、開けたりすれば、 そのときの社会に深刻な被害をまき散らす。しかしどうやって1万年後、 あるいは300世代にその場所を語りついで行けるか。同じ長さを過去 にさかのぼれば石器時代になる。気の遠くなる時の彼方では、今の言語 はどれもすっかり変わっているだろう。どんな記号も、絵を残しても、 どう解釈されるかわからない。そこでシビク教授は、「原子力教団」の ような組織をつくり、メンバーが後継者を選びながら代々その場所を リレー方式で伝えることを提案したという。 あたかも「安全神話」をせっせと広めた「原子力村」とは逆に、 「危険伝説」の継承を使命とする「原子力教団」を作る必要があると 本気で提唱したという。 放射能の毒性が弱まるまでの時間は中途半端ではない。1万年、あるい は300世代。気が遠くなるほどの長さ。これはもう人間性と両立しない 長さだ。 なぜメディアはその事を、高度なオピニオンコラムでしか語らないのか。 誰もが目にする毎日の新聞記事の中で堂々と指摘しないのか。 そうすれば誰でも核物質と人間の日常的な暮らしが両立しないことに 気づくはずだ。 そしてそれはたちどころに核兵器の非人道性に気づくことにつながる。 脱原発の議論はそこまで及ばない限り方手落ちである。 了

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