□■□■【反骨の元外交官が世界と日本の真実をリアルタイム解説】 ■□■ □■ 天木直人のメールマガジン2011年6月24日発行 第450号 ■ =============================================================== 2プラス2の成立経緯について薀蓄を傾ける =============================================================== このメルマガの読者には少しでも新しい知識を付けていただきたいと 思って、私が初めて知った知識を読者に共有すべく書いている。 もちろん私の知識はしれたものだ。読者の皆さんはすでに知っている事 かもしれない。それでも私の知らなかった興味ある新発見だ。 菅首相の辞める、辞めないばかりが報道される中でワシントンで2プラス 2が行われた。 それを報じる記事の中で、6月22日の産経新聞が「イチからわかる2 プラス2」と題して次のような解説をしていた。 「2プラス2は1960年の日米安保条約改定に合わせて設置された。 当初のメンバーは日本側が外相、防衛庁長官だったのに対し、米側は駐日 米大使、太平洋軍司令官(だった)。日本側は対等な形に是正するよう求め、 1995年9月にようやく実現した。ちょうど冷戦後における同盟の意義を 再確認する時期で、米側からは国務・国防両長官が(はじめて)主席。 同盟の重要性を両国民にアピールする狙いもあったが、直前に起きた沖縄 少女暴行の影響(もあった)・・・」 なるほど、2プラス2の米国側出席者の格上げの背景には、米国が日本の 頭を撫でるためのサービスがあったということだ。 当時を解説する文献を調べてみると、細川1993年に成立した細川護煕 政権は冷戦後の国際情勢に対応すべく米国から自立しようとした。細川首相 の下で作られた防衛問題懇談会(座長:樋口廣太郎アサヒビール会長)は 日米同盟よりもアジア集団安全保障を優先するレポートを提言して(樋口 レポート)米国を驚かせた。おりから起きた沖縄少女暴行事件による反米 感情と相俟って米国は危機意識を持ち、ナイ国防次官補による日米同盟強化 の巻き返しが図られる。 交渉相手が大臣に格上げされ対等になったところで、日米関係は変わらない。 米国から自立しようとして米国に叱られ、その反動で自立するどころかます ます対米従属となる。 その繰り返しの末に、行き着く先が菅民主党政権の下での今回の2プラス2 であったというわけだ。 米国の日本占領の完成である。 菅首相の最優先政策は、これまでのどの首相も見せなかった絶対的な対米 服従外交なのである。 了

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