□■□■ 【反骨の元外交官が世界と日本の真実をリアルタイム解説】 ■□■ □■ 天木直人のメールマガジン 2009年12月13日発行 第492号 ■ ────────────────────────────── 天皇会見問題の本質は1ヶ月ルールの問題ではない ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 唐突に表面化した天皇陛下と習近平・中国国家副主席との会見問題。 これを報じる報道は、外務省から宮内庁への会見申し込みが、いわゆる「一ヶ月ルール」 を逸脱して11月末に行われ、鳩山政権のゴリ押しで実現したという異例さばかりを書き たてている。 しかし、この問題の本質はそのような瑣末なところにあるのではない。 今回の「事件」が投げかけたのは、象徴天皇の持つ外交的役割とは何か、そして天皇の会見 は最終的に誰が、どういう基準で決めるのか、という根本的な問題なのである。 報じられるところによれば、日中両国が習・国家副主席の訪日について本格的な実務協議を 始めたのは11月に入ってからだという(12月12日朝日)。 しかし、この書き方のミソは、「実質的な協議」とは何かということである。それは問題が 深刻になってからの話し合いということだ。 中国の国家副主席訪日が日中両国の外務案件になったのはもっと前であったに違いない。 もし、仮に中国側が11月に入って初めて副主席の訪日を通報し、同時に天皇陛下への拝謁を 求めたとしたら、それは中国側の過大要求である。 もっとも、その場合でも、もし外務省が迅速に決断し、宮内庁に会見申し込みをしていたならば 1ヶ月ルールは守られたはずだ。1ヶ月ルールを破った事だけが問題であったなら、それを避ける 事は出来たはずだ。 事の真相は、中国の国家副主席を天皇陛下に会わせるかどうかの判断を外務官僚ができないままに 時が経過し、高まり行く中国側の要求を前にして天皇会見問題が政治問題化した、ということだと 私は見る。 その原因は、海外からの国・公賓客を天皇陛下に会わせるかどうかの判断基準と手続きが、極めて 不明確、不透明であるということだ。 そうである以上、今回のような問題は常に起きる。 私が外務省にいた時は、天皇陛下が外国要人を謁見する数は、年間10名前後と限られていた。 その一方で、世界から日本への公式訪問を希望する国は後を絶たない。 どうやって優先順序をつけて年間10人前後に絞るのか。その年間計画は外務省と宮内庁の官僚の間 で一年以上も前から何度も協議し、周到に決められる。 皇族や国家元首は優先的に決められるが、それ以外にも政治的に重要な人物であれば拝謁が認められる。 その一方で弱小国の元首などは、まず天皇陛下には拝謁できない。 たとえば私の勤務していたレバノンだ。国家樹立以来数十年もたつと言うのに、その政治的重要性の 低さにより、いまだかつてただ一度も大統領の公式訪問は実現されず、従って天皇陛下への拝謁は かなわなかった。 私が大使になってから三年間、レバノンの大統領が毎年訪日を要望し、それを私は日本政府に取り次いだ けれど、まるで相手にされなかった。大使である私は面目を失いっぱなしであったのだ。 その一方で何度も公式訪問をして天皇陛下に拝謁できる国もある。 誰を天皇陛下に優先的に会わせるかは、それ自体大きな政治的判断なのである。 そのような判断を天皇ご自身が行われる事はない。 その判断は、通常は外務省と宮内庁の官僚に任されているのである。 米国とかロシアとか中国といった大国の場合には時としてより慎重な政治的判断が行われる。 その場合でも、外務省と宮内庁が決めた計画案を、首相や外相が覆す例は、極めて例外的だ。 それでは今回の場合はどうだったのか。 すでに述べたように中国側が突然国家副主席の訪日を通報し、同時に天皇陛下への会見を求めた とすれば、それは中国側の過大要求だ。 外務省がそれに難色を示していたものを、中国側が小沢幹事長に直訴し、小沢幹事長の命令で 平野官房長官を通じ宮内庁に会見を迫ったとすれば、それは確かに異例だ。 しかし、そのようなゴリ押しを中国側が最初から目論んだのだろうか。 外務省は胡錦涛国家主席ならいざしらず、習国家副主席との拝謁は必要ないと当初考えていた のではないか。 それに対し、国家副主席でも天皇陛下に謁見した例は過去にあると主張した中国側との間で 外務省が手間取っていたのではないか。 その事について、外務省が岡田外相や鳩山総理の政治判断を仰ぐ事が遅れたのではないか。 あるいは岡田外相や鳩山首相に問題意識がなく、外務官僚の判断に任せていたのではないか。 それを中国側から知った小沢幹事長が、官僚的判断を嫌い、政治家としての判断で会見実現を 求めたのではないか。 今回の決定が政治的判断であったことは次の中国外務省関係者の言葉であきらかだ。 「日本政府からは外交ルートを通じて、99%実現が難しいと言われていただけに喜ばしい。 鳩山政権が中日関係を重視している事の表れだろう」(12月12日朝日)。 今回の事を、「政治利用」か、「内閣の裁量」か、あるいは「剛腕小沢氏の慣例破り」か、 などと論じてみてもあまり意味はない。 そのいずれもが当てはまるのだ。 日本にとって、日本国民にとって好ましい結果を導く外交であれば、国民はそれを歓迎する だろう。 問題は、その決定過程と決定責任の所在が不透明であることだ。 原則としてすべてを国民に情報開示することを約束して出発した鳩山民主党政権である。 象徴天皇の外交的役割について、その決定プロセスとともに、鳩山政権は国民に説明する 責任があるト思う。 そこのところが不明なままであるから、今回のような報道騒ぎになるのである。 不毛な大騒ぎである。 __________________________________________ 天木直人のメールマガジン 2009年12月13日発行 第492号

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