■□■□■━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ □■□■ 【反骨の元外交官が世界と日本の真実をリアルタイム解説】 ■□■ 天木直人のメールマガジン 2009年11月13日発行 第447号 □■ ─────────────────────────────── ■ ベルリンの壁崩壊は一つのヘマから起きた ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 読者の情報提供に基づいて11月8日付のBBCニュースインターネット版を見てみた。 そこには「一つのヘマがいかにして壁を壊したか」という見出しの下で、当時のBBC記者 ブライアン・ハンラーハン氏の手記が掲載されていた。 「今でこそ皆はベルリンの壁崩壊は歴史的必然だと思っているが、当時は誰もあのような事が 起きるとは思っていなかった。それは一つの間違いから偶然に起きたのだ」 そのような書き出しで始まるこのBBC記者の手記は衝撃的だ。 東ドイツ共産党は大議論の末に国民の西ドイツ旅行の自由を決定し、その詳細な規則を一晩かけて 作成して、翌朝に粛々と公表する手はずだった。 ところが共産党幹部の一人が勘違いをしてその決定をテレビの記者会見で発表してしまった。しかも その決定は直ちに実施される、とやってしまった。 それを見ていた東ドイツの国民は一斉に壁に殺到する。 何も知らされていない国境警備隊は群衆とにらみ合い、緊張が高まる。 警備隊は本部の指示を仰ぐが誰も指示を下すものはいない。まるで判断を現場に任せると言わんばかりだ。 群衆に圧倒された警備隊の一人が、ついに西ベルリンへのゲートを開く。 その先は一瀉千里だ。歓喜の騒ぎがまたたく間に広がり、ついにベルリンの壁をハンマーでたたき壊す 者たちが現れるまでに至る。 この騒ぎを聞いた米国のベーカー国務長官はワシントンでフィリピンのアキノ大統領との昼食中だった。 あわててホワイトハウスに戻りブッシュ大統領に報告。二人で顔を見合わせて言葉がなかった、という。 一方のゴルバチョフソ連大統領はその時熟睡中であった・・・ 私はこのBBCの記事を読んで、勿論、驚いた。こんな事があったのか、と。 ところが、この信じられない手記を裏付けるような記事を、偶然にも11月12日の朝日新聞に見つけて さらに私はさらに驚いた。 その朝日新聞には、インタビューに応える当時のソ連外相であったシュワルナゼ氏の言葉が、次のように 掲載されていた。 「・・・壁を崩したのはドイツ市民であって私たちではない。ただ、私たちは彼らを妨げる軍事介入などの 行為をしなかった。それだけで十分力添えができたと思う・・・ソ連の解体はその先まだ10年はかかると 思っていた。事態は見通しよりずっと速く進んだ・・・」 歴史には、必ずしも常にドラマが起きるとは限らない。 しかし、ドラマが生まれる時には、必ず民衆の蜂起がある。 ──── 天木直人のメールマガジン 2009年11月13日発行 第447号

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