■□■□■━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ □■□■ 【反骨の元外交官が世界と日本の真実をリアルタイム解説】 ■□■ 天木直人のメールマガジン 2009年10月19日発行 第409号 □■ ──────────────────────────────── ■ 米国に謝罪した藤崎一郎駐米大使 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ もうずいぶん前の事になるが6月22日の毎日新聞に、藤崎一郎駐米大使が「全米バターン・ コレヒドール防衛兵の会」に出席し、日本政府として初めて、68年ぶりに謝罪した、という記事があった。 「バターン死の行進」とは、第二次大戦中の1942年、日本軍がフィリピン・バターン半島で米兵捕虜ら 1万人以上を約100キロ無理に歩かせ、約800人もの犠牲者を出したと言われている出来事である。 私がこの記事に注目したのはいくつかの理由がある。 藤崎一郎駐米大使はかつての同僚だ。ともに米国研修を送った仲だ。だからつい関心を持ってその記事を 読んでしまう。 しかし私が注目したもっと大きな理由は別のところにある。 日本政府として謝罪したというからには、政府の閣議決定があったに違いないが、そのような話は聞いた事がない。 因みに右翼が決して認めようとしないあの村山談話は、閣議決定を経て発表された公式な談話である。 ひょっとして藤崎大使の一存で行ったのではないか。 いやさすがに彼の一存では出来ないだろうが、外務本省と 連絡をとり、外務省だけの判断でこれを行ったのではないか、という疑念を私は持った。 それを裏付けるかのように、その毎日新聞の記事は次のように書いていた。 「・・・日米間の歴史認識問題は事実上封印されてきた・・・『捕虜の扱いは戦時国際法違反の問題。米国が 日本を追及すれば、日本から原爆投下や空襲を違法とする反論が出る。日米政府は以心伝心で日米安保体制が 崩れかねない問題を避けてきた』(横田洋三・中央大学法科大学院教授 国際法)・・・」 もしそうであるのなら、この謝罪は、そのような暗黙の了解を破って、日本の謝罪を先行させたということだ。 極めて重大な決定である。 それにも関らず当時のメディアはこの事を伝えていない。国内的議論がなされたという記憶もない。 毎日新聞はあっさりと次のような藤崎大使の言葉を引用するだけだ。 「・・・基本的考え方は95年の村山談話の範囲内だが・・・元捕虜の方々の関心に明確に答えた・・・」 この事をメルマガで書こうと思いながらすっかり忘れてしまっていた。 それを思い出させてくれたのが週刊新潮10月15日号の「変見自在」というコラムであった。 元産経新聞の記者で、今はフリーの評論家となっている高山正之氏がこう書いていた。 「・・・(南京大虐殺と同じで)米側は『日本軍は歩けない者を殴り殺した』、『差し入れする原住民を 射殺した』などと罪状を並べるが、日本側の記録は違う。『炊き出しして捕虜に食わせた』、 『米兵が たばこをくれた』と増田弘『マッカーサー』にある・・・たかが官僚大使が白人の創った歴史を勝手に承認 するのは僭越すぎないか・・・」 元産経新聞記者らしく反米保守の真骨頂である。 私は歴史認識に関する立場は高山氏と違うが、官僚大使が独断で謝罪していたとすれば「僭越すぎる」と思う。 謝罪が悪いというのではない。アジア諸国への謝罪はためらう一方で、米国にはあっさり謝罪する。 外務官僚の対米従属ぶりをそこに見るからである。 岡田外相には、藤崎大使のこの謝罪が当時の麻生政権の決定であったのかどうか是非とも検証してもらいたい。 ──── 天木直人のメールマガジン 2009年10月19日発行 第409号

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