■□■□■━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ □■□■ 【反骨の元外交官が世界と日本の真実をリアルタイム解説】 ■□■ 天木直人のメールマガジン 2009年8月7日発行 第296号 □■ ──────────────────────────────── ■ 長くて短い4日間 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 異常なまでの裁判員制度をめぐる過剰報道であった。 もちろん、この新しい制度が国民生活に与える影響は大きいものがある。 国民生活に影響を及ぼす事について、国民にそれを知らせるのはメディアの重要な使命だ。 だからメディアが裁判員制度導入後の初めての裁判を詳しく報じる事は決して間違いではない。 しかしこの裁判をめぐるメディアの報道の真意はそれだけではない。今回の報道を少しばかり注意して 眺めてみると、明らかにそこに一つの意図が見て取れる。 それは、「裁判員制度を導入してよかった」という印象を国民に抱かせようという作為的な意図だ。 最高裁判所というこの国の最強の行政機関がメンツをかけて導入した裁判員制度。それを失敗させる訳には いかないのだ。 最高裁判所がメディアにどのような協力を求めている(圧力をかけている)か、私は知らない。 メディアが最高裁判所の要求にどの程度従属している(貸しをつくろうとしている)か、私は知らない。 けれども、メディアが流す検察OBや弁護士や裁判員の言葉は、明らかに偏っている。裁判員制度を導入して よかった、という声が強調され過ぎている。 その一方で批判的な意見の取り上げ方が少ない。報じられない。 しかし、いくら裁判員制度の成功を強調してみたところで、隠しきれないさまざまな欠陥が、今回の裁判で あらためて露呈された。 だからそれを一切報じない訳にはいかない。問題点を指摘するコメントを書かない訳にはいかないのだ。 少しでも問題意識を持ってこれらの報道を読んでみれば、今回の裁判を通じて、裁判員制度には気が遠くなる 諸問題が内在している事に気づくはずである。 それを見事に表していたのが、8月7日の毎日新聞の、「長くて短い4日間」、という見出しであった。 人を裁くという事は一般国民にとってどれほど負担であるの、それを裁判員に痛感させた、あまりにも 長い4日間であった。 その一方で、たった4日間の裁判で、一人の運命が決まる判決を下していいのだろうか、その事を裁判員に痛感させた、 あまりにも短い4日間であったのだ。 裁判員制度は、今回の裁判一回限りで終わったのではない。これから始まるのだ。 これから始まるさまざまな裁判では、新しく、深刻な問題、矛盾が次々と提起されていくに違いない。 裁判に参加できたという特権意識の共有や、人を裁くという好奇心だけで、はたして一般国民はどこまで裁判員制度に 賛成し続けられるのか。 裁判員制度が正しく評価されるのは、これから始まる膨大な裁判を通じてである。 メディアが報じなければならないのは、最初の大騒ぎで終わるのではなく、これから続く、地味で、重苦しい、 一般国民と重罪裁判とのかかわり合いなのである。 ───────── 天木直人のメールマガジン 2009年8月7日発行 296号

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