■□■□■━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ □■□■ 【反骨の元外交官が世界と日本の真実をリアルタイム解説】 ■□■ 天木直人のメールマガジン 2009年8月4日発行 第291号 □■ ──────────────────────────────── ■ 目にあまる裁判員制度の宣伝報道 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 裁判員制度が始まったとたん、異常なまでの御用報道が繰り返されている。特にNHKのそれは目にあまる。 なぜここまで宣伝しなければならないのか。それは裁判員制度の誤りに国民が気づけばアウトだからだ。 皆が注目している最初の裁判で失敗すると致命傷になるからだ。何があっても不都合は許されない。 もはや問題だらけの裁判員制度であることが分かってきたのに、なぜ最高裁は撤回しないのか。それは最高裁の 沽券がかかっているからだ。 最高裁といえば、一般の国民は、「法の番人」という、崇高で、中立的な、三権の一つと思いがちだ。 しかしそれは違う。 最高裁は官僚組織の権化のようなところだ。権力の上位下達の象徴のようなところだ。日本の裁判官の良心を 奪うところだ。 その最高裁の権威が失墜することは許されない。 最高裁に協力しないと、メディアはまともな司法記事を書けない。御用報道になるのは当たり前なのだ。 私が裁判員制度に反対する理由は繰り返さない。一つだけ指摘しておくだけで十分だ。 なぜ裁判員になりたくない国民までも強制的に裁判員になれと義務づけるのか。しかも罰則まで付して。 この一点だけでも改められれば、私はどのような欠陥制度であっても目をつむる。 しかし決してそうはならない。 なぜか。それはマトモな国民は忌避し、人を裁きたいとか、普通では出来ない経験をしてみたい、などという者 ばかりが裁判員になるようになるからだ。 それではまともな裁判は出来ない。裁かれるものはたまったものではない。 だからマトモな国民で、かつ協力的な、従順な国民を選んで、ごまかそうとするのだ。 国民の多くが忌避する制度など正しい制度であるはずはない。 国民の忌避する自由を奪うような制度が正しいはずはない。 見ているがいい。裁判の初日はごまかせても、そして第一回目の裁判をごまかすことが出来ても、日がたつにつれ、 回を重ねるごとに、矛盾が露呈していく。 興味本位で喜んで裁判員をやった国民も、得することは何もないことに気づく。皆が離れていく。 3年後に見直す予定の制度らしいが、3年もたたないうちに見直される。廃止に追い込まれる。。 ───────── 天木直人のメールマガジン 2009年8月4日発行 291号

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