■□■□■━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ □■□■ 【反骨の元外交官が世界と日本の真実をリアルタイム解説】 ■□■ 天木直人のメールマガジン 2009年6月26日発行 第235号 □■ ──────────────────────────────── ■ ある被爆医師の証言 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 6月25日の朝日新聞連載「核なき世界へ」の3回目に、肥田舜太郎という 92歳の被爆医師の言葉を見つけた。 「日本政府は外交の場で『唯一の被爆国』であることを訴えています。でも この国の政治家や官僚は本当に原爆が人間に与えた被害を理解してきたので しょうか・・・」 という言葉で始まる肥田さんの証言は、みずから目撃した光景を次のように 描写している。 「・・・あの日、広島でかろうじて命を取り留めた私は、軍医として被爆者の 治療にあたりました。郊外に臨時につくられた治療所には血みどろの肉の塊が 折り重なり、死んだ赤ん坊を抱えた母親たちに治療をせがまれました。衝撃 だったのは、肉親捜しや救援のため後から市内に入った人たちが突然高熱を出し、 亡くなっていくことでした。新婚の夫を捜しに島根県から(広島)市内に入った 女性は、夫が涙声で名を呼び続けるなか、抜けた黒髪を吐血でぬらして命を閉じ ました・・・」 この描写で肥田医師が訴えたいのは、核兵器の残忍さの正体である放射線の 恐ろしさである。 原爆の爆発時、空気中に放出された放射性物質がほこりや水を通して体内に 入り、組織に定着して被爆を引き起こし続けるー閃光も爆風も浴びなかった人々 を病に苦しめ、ゆっくりと命を奪っていく核兵器の本当の残忍さは、このような 「内部被爆」である、と肥田医師は訴える。 しかし私が肥田さんの言葉で驚いたのは、原爆の残酷さだけではない。その後 に続く次の言葉である。 「・・・『内部被爆』。この言葉を知ったのは原爆投下から約30年後、米国 のある研究者と出会ったのがきっかけでした・・・原爆放射線の恐ろしさは被曝 から64年たった今も知られているとは言えません。占領下、米国が原爆に 関する調査研究を禁じた事が元凶です。日本政府も米国に追随するように 被爆の実相を明らかにすることに消極的でした。象徴的に表れているのが、原爆 放射線の影響を過小評価し、(消極的態度に終始してきた)国の原爆症認定制度 です・・・」 これほど鋭い政府・外務省の対米従属批判はない。国民の命を後回しにして までも米国に気遣う政府・外務省の卑屈な姿がそこにある。 さらに肥田医師の言葉は西ドイツと日本の違いを次のように語る。 「・・・約30年前に聞いた西ドイツの大学教授の言葉が忘れられません。 『原爆投下は、アウシュビッツ収容所で行われた大量虐殺と同質の、人間として 許す事のできない犯罪だ』。原爆投下を人権に対する根本悪と受けとめる 考え方に、私自身、認識不足を反省させられました・・・」 ユダヤ人虐殺の負い目がある西ドイツの教授が、それでも原爆はユダヤ人虐殺 に匹敵する非人道的虐殺だと断じているのである。ここまで強く原爆投下を糾弾 した日本人はいるだろうか。 92歳の被爆医師の言葉は、その体験に裏付けられているだけに、誰も否定 できない迫力がある。 ──────────────── 天木直人のメールマガジン 2009年6月26日発行 235号

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