□■□■ 【反骨の元外交官が世界と日本の真実をリアルタイム解説】 ■□■ 天木直人のメールマガジン 2009年5月10日発行 第180号 □■ ────────────────────────────────── ■ 裁判員制度の本当の問題点 まもなく導入される裁判員制度の是非をめぐって、ここへきて大きな論争が 巻き起こってきた。政府は果たしてこのまま強行突破するつもりだろうか。 私は、この裁判員制度が導入されるという報道が出始めた頃、「見ているが いい、裁判員制度は後期高齢者医療制度の二の舞になる」、と自らのブログで 書いたことがある。 その意味するところは、国民が気づかないうちは見過ごされているが、いざ それが実施される段階になると多くの報道がなされ、国民が問題点に気づいて 大騒ぎになる、という事である。 まさしくその通りになった。その意味で私の予測は見事に当たった。 しかし、私の認識は不足していた。裁判員制度の本当の問題点がやっと分かった。 その事について書いてみる。 私はこの裁判員制度なるものが、司法、検察官僚の思惑により、彼らの主導で 作り出されたものであると思い込んでいた。 たとえば裁判員制度を導入するのは、裁判の迅速化である、裁判の民主化で ある、さらには国民の司法意識を高めるためである、などと彼らは言う。 そのような理由を聞くにつけ、その本音は、裁判結果についての責任を国民に 押しつけ、国民を裁判に参加させたというアリバイをつくり、司法に向けられる 世論の批判を封じ込める、といった司法、検察官僚の思惑があるに違いない、 などと私は疑った。 それにしても、そのような理由だけで、なぜ最高裁や検察庁が裁判員制度の 導入にここまで強くこだわるのだろうか、という疑問が残った。 そしてこの疑問は、ある弁護士との思いがけない会話によって氷解した。 今度の裁判員制度導入の裏には、法曹三者(裁判官、検事、弁護士)の 思惑の違いと、それをめぐる駆け引きの結果の妥協がある、という。 その弁護士の話はこうだ。弁護士会の中にも異論はあったが、そもそもこの 裁判員制度を求めたのは、冤罪や人権侵害を防ぐ為に裁判を可視化すべきである 主張する弁護士会側であったという。 確かにそういわれてみればそうだ。みずからの判断が絶対的に正しい、と 思っている司法官僚や検察官僚が、素人の国民に口を挟ますような真似を 自分からするはずはない。 しかし、裁判所も検察も頭がいい。官僚の習性として、それを逆手にとって 自らの都合を実現すればいいと考えるのが常である。 たとえば裁判所は検察官主導の刑事裁判の現状を、裁判員とともに変えて いこうとする。刑事裁判の主導権をこの機会に検察官から裁判官へ移そうと いうわけだ。 検察は検察で、裁判員のために裁判を短期で終わらせる必要がある、という 「錦の御旗」を掲げられる。弁護側の引き伸ばし戦術を封じ込めることができる。 要するに法曹三者は、駆け引きと妥協を重ねて最終的な裁判員制度に合意 したのだ。 その結果何が起きようとしているのか。当初の理想的な制度とは程遠い、不完全、 不適当な制度に終わってしまうということだ。 誰もこれが最善だとは思っていない。しかしそれぞれの思惑はそれなりに達成 できた。 なによりも、いまさらこの制度をやめてしまうという事はプライドが許さない。 不都合が見つかればその時に手直しをすればいい。よくあることだ・・・ そのような法曹三者の本音を知らされることなく、結果として負担だけを押し つけられる事になる国民はいい迷惑だ。 実はこの事は、この国のあらゆる政策の成り立ちに共通する深刻な問題なので ある。 官僚と一部の利害関係者が族議員を使って駆け引き、妥協を重ねて、この国 の法律、政策がつくられていく。 そのプロセスに、なんらかの形で関与できる国民はいいだろう。 しかしその術をまったく持たない大多数の国民はいつも割を食う。これこそが、 これまで連綿として繰り返されてきたこの国の仕組みなのである。 いみじくも今回の裁判員制度は、この事を教えてくれた。 裁判員制度は一旦白紙に戻すべきだ。そして国民が納得する制度をつくり直す べきだ。 法曹三者の都合とプライドのために、欠陥制度と分かっていながら強行する事 は愚かな事である。 ───────── 天木直人のメールマガジン 2009年5月10日発行 第180号 発行者:天木直人 著者ブログ: http://www.amakiblog.com/ 読者の皆様からのメールをお待ちしております。このメールマガジンに返信 していただければ、著者まで届きます。

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