□■□■ 【反骨の元外交官が世界と日本の真実をリアルタイム解説】 ■□■ 天木直人のメールマガジン 2009年5月1日発行 第168号 □■ ────────────────────────────────── ■ 北方領土問題(読売新聞の解説記事) 4月30日の読売新聞が北方領土問題についての解説記事を大きく掲載 していた。 連休明けの5月11日にはプーチン首相が訪日する。その直前に谷内正太郎 政府代表が毎日新聞のインタビューで、3・5島返還でもいいと失言して大騒ぎ になった。 北方領土問題は間違いなく今後メディアで頻繁に取り上げられていくだろう。 それにそなえて頭の整理をするのには格好の特集記事だ。わかりやすく、 よくまとまった記事だ。それを、私なりに要約して以下に紹介する。 歴史的に振り返れば、北方四島は、1855年の日露通商友好条約、 1875年の千島樺太交換条約、で合意済みの、日本の領土だった。 状況が一変したのはソ連が日ソ中立条約を破って対日参戦し、一方的に 北方領土を占領した時からだ。 日本がポツダム宣言を受諾して降伏した後の8月28日から9月5日にかけて、 スターリンのソ連が占領した。 戦後になって、北方領土問題が大きく動いたのが1956年の日ソ 共同宣言である。 当時の鳩山一郎首相は、あくまでも4島返還を実現して平和条約を結ぶべきだ という意見の中で、日ソ国交回復を優先し、北方二島の返還を合意させる 次のような趣旨の日ソ共同宣言に署名した。 「・・・ソ連は日本の要望にこたえ、かつ日本の利益を考慮して、歯舞群島、 および色丹島を日本に引き渡す事に合意する。ただし、平和条約が締結された 後に現実に引き渡す・・・」 少なくとも2島の返還は合意された。ところが、その後東西冷戦の激化に ともないソ連の態度は硬化。「領土問題は存在しない」という原則論を主張。 北方領土問題凍結の時代が続いた。 冷戦後に再び転機が訪れる。ソ連崩壊後、新体制の安定を目指すロシアの エリツィン大統領は、経済支援をにらみ領土問題で柔軟な姿勢に転じた (転じたふりをした?)。 一方日本も90年代から、ソ連・ロシアの譲歩を引き出す狙いで、 「政経不可分」の方針を次第に緩和、「4島の日本への帰属が確認されれば、 返還の時期、態様、および条件については柔軟に対応する」、とした。 その考え方は現在まで引き継がれている。 その後の特筆すべき具体的動きとしては、非自民連立政権の細川首相が エリツィン大統領と、その後の領土交渉の基礎となる「東京宣言」に署名した (1993年)ことがあげられる。 この東京宣言では、歯舞、色丹、国後、択捉4島を明記したうえで、 (1)歴史的・法的事実に立脚する(2)両国の合意の上で作成された諸文書 および「法と正義の原則」を基礎とする、とした。 交渉の大きな転機となったのは1998年4月の「川奈提案」である。橋本 首相はエリツィン大統領に、北方4島の北側に国境線を引く(つまり北方4島を 日本の領土と認める)かわりに、北方4島の施政権は当面ロシアに委ねる、 と提案した。 エリツィン大統領はいったん「ダー(わかった)」と答えたが、同席していた 大統領補佐官が「それは(英国が中国から租借した)香港と同じ方式だから だめです」と反対。ロシア政府は川奈提案を最終的に拒否した。 その後は迷走が続く。 森首相とプーチン大統領の首脳会談(2001年3月)では、「歯舞、色丹」 の返還と、「国後、「択捉」の帰属を分離して協議する提案をし、膠着状態を 打開しようとした(並行協議方式)。しかし進展しなかった。 そして問題の3・5島返還論だ。05年に北海道大学の岩下明裕教授が その著書のなかで、土地や権利を分け合う考えを提唱したのがきっかけとされる。 それを谷内外務次官が麻生外相に吹き込んだ。 首相になった麻生氏は、今年2月、サハリンでメドベージェフ大統領に 「あらたな独創的で型にはまらないアプローチ」で領土問題を解決する考えを 示し、これで一致した、という。 問題は、この面積等分論が、正統な国内論議と手続きを踏まえて決定された ものではないということだ。 日本政府は川奈提案、並行協議などで柔軟姿勢を見せたものの、「最終的 には4島を返還させるという」という一線は譲っていない。 だから、「領土の問題は国家の存立にかかわる。これまで、その座標軸を 動かそうとした首相は一人もいない。国益を損じる。」などと、激しい批判が 政治家、外交官OB、専門家などから噴出することになる。 果たして5月11日から予定されているプーチン首相訪日で、麻生首相は 具体的な提案をするのか。その時、「3・5島返還」論が出てくる可能性が あるのか。日露交渉は転機を迎えている。 以上が読売新聞特集記事の要約である。 しかし、この読売新聞の解説記事で触れられていない事がある。それは、 北方領土問題は対米外交でもあるという史実だ。 そして、対米従属一辺倒の小泉首相が、5年半の長きにわたって政権を 担っていたにもかかわらず、北方領土問題については一切関心を示さなかった 事、それゆえに小泉政権下では、北方領土問題をめぐる外交はまったく 動かなかった、という史実である。 この点については次回のメルマガで続ける。 ───────── 天木直人のメールマガジン 2009年5月1日発行 第168号 発行者:天木直人 著者ブログ: http://www.amakiblog.com/ 読者の皆様からのメールをお待ちしております。このメールマガジンに返信 していただければ、著者まで届きます。

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