□■□■ 【反骨の元外交官が世界と日本の真実をリアルタイム解説】 ■□■ 天木直人のメールマガジン 2009年4月13日発行 第144号 □■ ────────────────────────────────── ■ こういう人と世直しをしてみたい ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 送られてきたアジア記者クラブ通信の4月5日号に、3月13日に 行なわれた土肥信雄都立三鷹高校校長の講演録が載っていた。 私は土肥校長とはもちろん一面識もない。彼の人柄などは何も知らない。 知っている事といえばメディアで報じられる土肥校長の言動ぐらいである。 校長になるような人や、校長になれる人は、教育委員会に従順なものと 相場が決まっている。 しかしこの土肥校長は、違う。教師の自由を奪うような通達を出しては いけない、と、東京都教育委員会を正面から批判した。 そのせいもあってか、定年後の再就職として非常勤教員に応募したが、 採用されなかった。普通は採用率90%であるにもかかわらず、である。 そんな理不尽な教育委員会に泣き寝入りすることなく、不合格取り消しと 損害賠償を求める訴訟を起すという。 私が土肥校長に対して持つイメージは、報じられるそのような反骨漢 という程度であった。 しかし講演録の中の土肥校長の言葉の数々が私を強くひきつけた。 大学紛争のさなかに東大生であった土肥氏は悩む。人間は平等でなければ ならないと思い、マルクスや社会主義にひかれたが、権力の象徴である東大を やめる勇気はなかった。 酒乱で暴力を振るう父親を見て、暴力否定主義者になった土肥校長は、 角材とかヘルメットを持つ事はできなかった。 大学を出た後は一流商社に就職して利潤追求の尖兵となった。 この悔恨の思いが、今日の教育委員会との闘いにおいて絶対に譲れない と頑張る背景であるという。 商社で輸入肉をやっている時に談合をやれと頼まれる。「死ぬか生きるかの 時は法律違反も止むを得ないかもしれない。しかし、大企業が談合なんてやるな」、 そう言ったら一笑に付された。 その時、この会社では将来はないだろうと思ってやめる決断をする。給料も 社会的な体裁もすごくよかったけれど、そういうものはすべて放棄した。 そして、次の人生で何を求めたかというと、利潤を追求しないこと、言論の 自由だけは大切にしよう、子供に未来を託そう、そう思って教員を選んだという。 土肥さんは左翼イデオロギストではない。しかし人間は平等に扱われなければ ならないと考える。言論の自由を奪うものを憎み、誰よりも暴力を否定する。 何よりも、土肥さんは平和主義者だ。 彼が最後の卒業式で生徒たちに話した事は、基本的人権の尊重と平和主義で あるという。戦争は人の心の中で生まれるものであるから、心の中に平和の砦を 築かなければならない、という。 教えた子供たちが将来、他人の事を考える社会的リーダーになったら、それが 校長として自分がやった最も価値ある仕事だ、と言い切る。 (生徒へのメッセージはと問われ)平和な社会をつくってほしい。平和だけが 日本が誇れることではないか、と答える。 極めつけは、日の丸、君が代問題についての都教育委員会の職務命令に従い、 不起立の先生を処分した事である。 その事について、土肥さんは左翼主義者から激しく批判される。その時の彼の 態度に土肥さんの真骨頂を見る。 法令は遵守しなければならない。戦うべき相手は間違った法令を平気でつくり、 押しつけてくるような教育委員会だ。教育委員会こそ倒すべき敵である、と、 土肥さんは言っているのだ。 土肥さんは私の言う「強者」である。世直しは強者が本気になって弱者を 束ねて闘わなくては難しい。強者が権力者の悪と闘ってはじめて世直しの 可能性が出てくるのだ。 そんな土肥さんと私は世直しをしてみたいと夢想する。 ───────── 天木直人のメールマガジン 2009年4月13日発行 第144号 発行者:天木直人 著者ブログ: http://www.amakiblog.com/ 読者の皆様からのメールをお待ちしております。このメールマガジンに返信 していただければ、著者まで届きます。

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