天木直人のメールマガジン ─反骨の元外交官が世界と日本の真実をリアルタイム解説 2009年3月18日発行 第0108号 日本テレビ誤報事件が提示したもう一つの問題 日本テレビの報道番組「真相報道バンキシャ!」の誤報問題は、ついに日テレ 社長の引責辞任にまで発展した。 それでも、「これで幕引きは許されない。誤報の経緯を検証し、問題の真相を 伝える事が信頼回復への一歩だ」(18日東京新聞社説)、とか、「(捏造、 やらせ)問題が続くのは、放送人にテレビの影響力の大きさや、報道にかかわって いる事に対する意識が希薄だからではないか」(18日産経新聞社説)などと、 身内のメディアからの厳しい批判が投げかけられる。 メディアの流す情報に頼らざるを得ない一般国民にとっては、誤報や、ましてや 捏造、やらせ、などは、あってはならないことだ。だからいくら厳しく批判しても 批判しすぎる事はない。 そんな中で、3月18日の東京新聞のコラム「大波小波」に述べられていた 「テレビと格差」という、次のコメントについては考えさせられた。私も何度か テレビに出る機会があって、テレビ番組制作の舞台裏を垣間見てきた。そこで漠然と 感じていたことが正しかったと、このコラムを読んで思った。 「テレビ局はテレビ番組を作る会社だと多くの人は思っているかもしれないが、 実際のところほとんどのテレビ番組は、下請けの番組制作会社が作っている。 テレビ局が自ら作る数少ない番組も、(それをつくるスタッフは)半分以上は 年収が圧倒的に低い制作会社からの派遣社員などで占められている。つまり日本 のテレビ番組の制作現場は、格差構造を前提に維持されてきた・・・さらに ここ数年、広告収入の低下を理由にテレビ番組制作費は大幅に削減されている・・・ そんな(低い)予算ではできないと断ればいいと思われるかもしれない。ところが 発注元であるテレビ局の権限があまりにも強いこの業界では、制作会社が制作を 断るなどまずありえない・・・」 おそらく、ここで指摘されている事はテレビ業界に限らないに違いない。弱者 と強者、経営者と雇用人、組織と個人、悪と善、この普遍的な葛藤が、経済不況 と格差社会の進展によって、否応無しに加速されているのが今の日本ではないのか。 そして、このコラムが締めくくっている次の言葉にも考えさせられた。 「・・・こんな実態を是正するため総務省が中心になって下請け会社保護の ガイドラインをまとめ3月はじめテレビ会社に通知した。表現やジャーナリズム という行為が政府に保護されるという状況は、本来ならば絶対避けるべきだが、 こうでもしないことには業界の体質はかわらないだろう・・・」 湯浅誠が、その著書「反貧困」の中で指摘している、いわゆる「タメ」のない 社会に日本は突入しようとしているのだ。人々が弱くなると、正義心も弱くなる、 権力への抵抗心がなくなる、周囲の者への配慮を忘れていってしまう。 そんな日本を皆の力で食い止めなければならない。いがみ合っている場合 ではないのだ。

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