天木直人のメールマガジン ─反骨の元外交官が世界と日本の真実をリアルタイム解説 2009年3月6日発行 第0087号 「年次構造改革」と対米従属 長年の日米経済摩擦交渉の結果、最後に到達したのが1993年の クリントン政権と宮沢政権の間で合意された「日米規制改革および競争政策 イニシアティブ」であった。それに基づいて翌年から毎年相互に提出し合って きたのが「年次改革要望書」である。建前は日米両国政府が対等な立場で要望 を出し合い、日米間の自由競争政策を高め、結果として日米経済関係促進を図る、 というものである。 しかし、長年の日米経済摩擦をめぐる交渉を少しでも知っている者であれば、 その合意が、個別貿易交渉では一向になくならない日米貿易摩擦に痺れを切らした 米国が、日本のシステムを変えて国ごと米国資本に市場開放してしまえ、という 乱暴な圧力に屈した結果である事を知っている。 毎年米国から提出される年次報告書なるものが、いわゆる米国から日本に発せ られる指令書と言われるゆえんである。もちろん日米両政府はそれを否定する。 果たしてどちらが正しいのか。 その答えを如実に示す証拠を3月6日の毎日新聞に見つけた。連載「アメリカよ 新ニッポン論」(5)「年次改革要望書」は黒船か、という記事は、一方に おいて官僚たちが「ほとんどは目を通したらポイ、ですよ」と口をそろえて 「指令書」説を否定し、実際にも米国の要望の多くがないがしろにされている 例をあげて、世に言われている「指令書」説を一笑する。 しかし、その一方で、米通商代表部日本部長として日米構造協議や日米包括 経済協議を経験したチャールズ・レイク氏(在日米国商工会議所名誉会頭)の 次の言葉を紹介している。 ・・・米国側では対日交渉の事を「カブキに出る」って言っていました・・・ つまりこういう事だ。年次改革要望書が「改革」の予言書に見えるのは誤解だ。 日米間で交渉を繰り返し最後は日本側で方向性を固める。その時、日本側は、 米国の圧力で止むを得ないだろうと国内を説得する、お互いが大見得を切って 芝居をする、それぞれの役割分担が出来ていた。歌舞伎に通じる様式美の世界 だった、というのだ。つまり日本側も納得して受け入れたと言うのだ。 このレイク氏の言葉は意味深い。すなわち日米関係は単に米国が日本に指令して、 それに日本が従うという単純な従属関係ではない。その従属関係を役割分担し、 世間の目をくらまして受け入れる。つまり単なる対米従属よりもさらに一歩進んだ、 対米従属関係の共同構築であると言っているのだ。 思えば戦後の日米関係はすべてが万事である。東京裁判から始まって日米 安保条約、そして今日の米軍再編に対する協力に至るまで、日米従属関係は 日米両政府の共同作業の結果なのだ。いくら国民が対米従属をやめろと叫んでも、 政府、官僚が一切耳を傾けない理由がここにある。

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