… … …(記事全文3,414文字)冒頭のヘッダー画像ですが、かつて一部の右派の方の誤認識が原因で被写体の警察官が「朝鮮人警備隊」として拡散されたことがありましたがデマです。
このデマを拡散した人々は何度指摘しても誤りを認めず、ビラまで作成して配布していたようです。(街頭で演説までしていた人で市議選に立候補して落選していました)
「朝鮮総連本部を警備する短銃を装備する在日朝鮮人警備隊」とありますが、こんなに短い文にデマが3か所もあります。
①朝鮮総連は昭和24年9月8日にはまだ無い。この建物は「在日朝鮮人連盟中央総本部」
②この当時の警察官の主装備は警棒で警備しているのではなく建物を封鎖している。
③彼らは警視庁予備隊の警察官で当日四個中隊が派遣されています。
※昭和24年9月9日付け 朝日新聞
そもそもこの画像を撮影したのはマスコミでタイトルは「在日朝鮮人朝連本部を取り巻く武装警官隊」です。
彼らは名誉のためにはっきりさせておきますが、彼らは在日朝鮮人警備隊ではなく、警視庁予備隊の人々です。
本題から外れてしまいましたが、前編に引き続き朝鮮総連の前身、在日朝鮮人連盟が引き起こした反社会的騒乱を見ていきたいと思います。
★平事件 昭和24年6月
日本共産党福島県石城地区委員会の道路一時使用許可取消に対する反発共産党員や朝連関係者らが自治体警察や平市警察署に押し寄せ、暴力や留置者奪還、警察官拘束などの騒乱を起こしました。後に裁判で騒擾罪が適用されています。
★本郷事件 昭和24年6月
福井県大飯郡本郷村、国家地方警察福井県若狭地区警察署の「本郷派出所」に勤務する警察官が、管轄内の朝鮮人地区の地図を作成しました。これを知った朝連の幹部が民族弾圧だとして派出所に在日朝鮮人約70人が本郷派出所を包囲しました。
集団は派出所内にいた警察官に対して暴行を加え、そのまま派出所を占拠・居座り続けました。若狭地区警察署から応援の署員が急派されたものの事態はすぐには収まらず、2日以上が経過した6月4日になってようやく解散しました。
★下関事件 昭和24年8月
山口県内では在日朝鮮人の間で、親北朝鮮(共産主義)路線の朝連と、親韓国(反共主義)路線の民団との間で激しい政治的・思想的対立がありました。
下関市の朝連事務所前に約150人の在日朝鮮人が集結し、民団を非難する集会を開きました。集会自体は平穏に終了したものの、解散後に警備にあたっていた朝連の構成員と、民団の構成員が路上で遭遇し乱闘が発生しました。この際、民団側が所持していた日本刀によって朝連側に負傷者が出ました。朝連側はこれに報復するため、急遽約200人の構成員を招集し、民団下関支部や、民団構成員の自宅などを次々と襲撃、被害に遭った家屋から金品を略奪するなどの暴行・強盗を働きました。下関市警察は、直ちに国家地方警察山口県本部に応援を要請、山口県内全警察に非常招集が発令されましたが、警察官が足りなくなり、警察学校生徒も動員する総勢939人の警察官が配置されました。最終的に警察は、民団員に対する殺人未遂罪や騒擾罪(現在の騒乱罪)などの容疑で、朝連メンバーら75人を起訴しました。



