… … …(記事全文3,226文字)「七奪」という言葉をご存知でしょうか?
七奪とは、日本統治時代に日本によって「国土・主権・生命・国語・姓名・土地・資源」の7つが奪われたとする韓国の歴史認識・反日主張で、韓国初代大統領の李承晩は、この反日思想を国民に徹底して刷り込むことで自身の独裁体制を支え、日韓関係の対立構造を構築しました。
七奪って本当にあったことなのでしょうか。
戦前の日本は法治国家だったので犯罪を犯せばどんな高官であっても法に基づいて裁かれました。
朝鮮半島と日本は戦争をしたこともないので、日本は戦争結果として朝鮮半島を日本領としたわけではありません。
日韓併合の当時の朝鮮半島にあった唯一の大手新聞「皇城新聞」の記事から見てみましょう。
皇城新聞は李朝末から続く朝鮮人経営の朝鮮人新聞で独立協会支持の反統監府側の民族系反日新聞でした。韓国保護条約に反対し、統監府から停刊処分を受けた経歴のある尊王新聞です。
しかし日韓併合当日の号外、日韓併合翌日の本紙には大韓帝国皇帝純宗の勅諭が掲載されて、併合の内容は朝鮮の国民に告知されていました。
大韓帝国皇帝純宗の勅諭の翻訳文です。
韓国皇帝の勅諭には国内政治と外交の行き詰まりが切々と書かれています。
李朝末の国家予算歳入額は明治38年度で748万円。アジア最貧国の水準だと思います。同じ年の日本の国家予算歳入額は3億433万3998円でした。
「韓国の統治権を従前より親信依り仰したる、隣国 大日本皇帝陛下に譲与し外東洋の平和を強固ならしめ、内八城の民生を保全ならしめんとす。」
748万円の国家予算でまともな国づくりができるわけもなく、韓国皇帝が自信を喪失したのも無理もない話だと思います。日本の国家予算が3億円を超えていた時にたった748万円ですから、日本は普通の国ではなく最貧国を併合することになったのです。
旧韓国(李朝)は健全に運営されていた国家などではなく、日本政府は併合時、大韓帝国が負っていた累積債務(約4500万円)を肩代わりして返済しました。借金付きのマイナス併合だったのです
この債務整理により、旧韓国政府の対外的な財政破綻が回避されましたが、その債権・債務は日本の特別会計に組み込まれて引き継がれたのです。日本国民の税金によって大韓帝国の累積債務が清算された事実を日韓の教科書に載せるべきだと思うのです。
七奪とやらのうち3つ、国土・主権・資源は韓国皇帝の勅諭の通り、朝鮮半島の統治権を贈与した時点で日本のものであり、七奪もへちまもありません。借金の清算まで押し付けられたのが日韓併合の真実です。
七奪の一つに生命とありますが、日本が自国民となった無辜の朝鮮人を殺害した事実はありません。
それどころか併合後に朝鮮の人口は爆発的に増加しています。
あまりに人口が急増したために学校建設が追い付かず、日本は終戦まで学校を作り続けました。
近世から併合前まで1000万人を超えることのなかった朝鮮半島の人口が終戦時には2000万人近くまで増加しています。生命を奪うどころか増やしたのです。
朝鮮人の平均寿命も見てみましょう。併合前、平均すると、25歳に満たなかった寿命が終戦前には45歳程度まで伸びています。これは乳児、小児の死亡率が大幅に低下したことを示しています。
終戦まで日本の教育を受けていなかった李承晩は知らなかったことかも知れませんが、これが歴史の真実です。




