… … …(記事全文3,938文字)横の文化が生む暴走――ママ友から自衛隊SNS誹謗中傷まで
日本社会には、独特の「横の文化」がある。それは人口の多さや勢力の強弱とは関係はなく、ただ“近くにいる人たちの感覚”が絶対化し、その感覚を守るために人が行動を決めてしまうという構造だ。人は、目の前の仲間の価値観に合わせ、同じ空気を共有し、その空気を壊さないように自分の行動を調整し続ける。この文化は、男女を問わず、あらゆる場面に浸透している。
朝日新聞 ママ友という呪縛 というシリーズ
https://www.asahi.com/rensai/list.html?id=3172
その典型が「ママ友」だった。子育ての現場では、ママ友の気分や機嫌を読み取り、雑談に時間を費やし、群れの空気に合わせることが美徳とされた。私も初めの頃は、その“マニュアル”に従わなければならないのではないかと感じ、公園デビューなどにも足を運んだ。しかし、そこで交わされる会話はあまりに退屈で、私はすぐに本を読み、イヤホンをつけ、子どもを遊ばせながらも自分の学びに没頭するようになっていった。横の関係に時間を費やすより、知識や技術を蓄積したいという感覚の方が強かった。
私はママ友と群れない選択をしたが、そのおかげでHTMLやCGIといったコンピューター言語を学び、ウェブサイトを作る仕事を受けるようになり、最終的には国会請願を成立させ、自衛隊の生活環境問題を記事として扱うジャーナリストへと進んだ。もしあのころ、周囲の空気に合わせてママ友づきあいに時間を費やしていたら、こうした活動は一つもできなかっただろう。横の文化に流されることは、しばしば“自分の未来を為す力”を奪う。
しかし、この横の文化は、単なる日常の問題では終わらない。私が自衛隊員らからSNSで集中的に誹謗中傷を受けたとき、彼らの言動は「ママ友の悪口会議」と全く同じ構造で動いていた。仲間の誰かが攻撃を始めると、他の者が次々に乗り、同じ敵を叩くことで互いに称賛し合い、仲間意識を高めていく。彼ら自身に確固たる判断基準があるわけではなく、目の前の仲間の空気が“正義”になり、その空気に従うことが唯一の行動原理になる。
【ママ友や友人に費やされる時間というリソース】
同調文化に人生を奪われていないか——その時間で、あなたは何ができたはずだったのか?
日本社会には、静かに、しかし確実に人の時間を吸い取っていく仕組みがある。その一つが「同調のためだけに存在する人間関係」だ。ママ友、地域の雑談、職場の惰性的な付き合い——“生活の近くにいる誰か”の機嫌を守るために発生していく無数のやりとりである。
もちろん、人と助け合うことは必要だ。しかし、日本社会が常識として押しつけてきたこの横並びの関係は、本当に「助け合い」だっただろうか。
多くの場合、その正体は**「不安と孤立感を共有して同調を維持する装置」**にすぎない。そこでは、新しい発想は歓迎されず、深い学びも生まれない。ただ、“似た価値観”と“似た愚痴”を持つ者同士が、安心のために時間を消費していく。
けれども、そこで費やされる時間は、決して軽くない。数百時間、数千時間——気がつけば何年もが「ただ空気を読むため」に溶けていく。その一方で、人生を変えるような何かは何ひとつ育たない。
【人付き合いに使った時間がもし・・・】
では、その時間を、もし違う場所に投資していたらどうだろうか。
読書、学び、技術の習得、言語、文章、仕事の基礎、健康、創造、発信、あるいは、社会の仕組みを理解し、自分の人生の構造を組み替える作業。そうした“自分の能力を高める時間”に充てていたら、10年後の人生はまったく違う姿になっていたはずだ。
多くの人は、その「可能性の損失」に気づかない。なぜなら、横並びの関係は“言い訳”を与えてくれるからだ。「みんなやっているから」「それが普通だから」。しかし、その“普通”こそが、人生からもっとも重要な資産——時間——を奪っていく。
群れの文化は、個人の成長とは関係がない。むしろ、時間と集中力を失わせ、未来の可能性を狭める危険がある。
必要なのは、人との縁を切ることではない。必要なのは、「時間が投資に変わる関係」と「時間を浪費するだけの関係」をはっきり区別する力」である。
私たちが失ってきた時間を取り戻すには、まず問いを立てなければならない。
——私は誰の機嫌を取るために、どれだけの時間を差し出してきたのだろうか。——もしその時間を自分に投資していたら、何が生まれていただろうか。
同調文化の外に出ることは、勇気ではなく選択だ。そして、人生を前に進める力は、群れではなく「自分自身」に宿っている。
【同調圧力と空気を読む文化】

