… … …(記事全文3,883文字)たまには歴史モノを。
江戸時代、100万人が暮らす巨大都市・江戸の食卓を支えたのは、大坂から江戸へと続く「海の大動脈」だった。
その主役が「菱垣廻船(ひがきかいせん)」と「樽廻船(たるかいせん)」だ。この二つの船は単に荷物を運ぶだけでなく、産地から消費者の食卓まで物が滞りなく届く仕組みを作り上げていた。菱垣廻船は、米・酒・醤油・木綿など様々な荷物をまとめて運ぶ「何でも屋」だった。船の側面に菱形の格子垣(柵のようなもの)を取り付けることで荷崩れを防ぎ、できるだけ多くの荷物を一度に積めるよう工夫していた。
菱垣廻船(ひがきかいせん)
https://www.woodyjoe.com/229一方の樽廻船は、灘(現在の神戸・西宮あたり)の酒だけを運ぶ「専門業者」だ。酒は時間が経つほど味が落ちるため、とにかく速く届けることが最優先だった。一種類の荷物だけに絞ることで積み下ろしをシンプルにし、船の回転率を大幅に上げた。菱垣廻船はもともと酒も含めて何でも運んでいたが、その中でも稼ぎ頭だった酒の仕事を樽廻船に根こそぎ持っていかれた。一番おいしい荷物を失った菱垣廻船は、やがて経営が立ち行かなくなっていく。
これはまさに、三百年前に起きた市場競争の必然だった。
なお、灘の酒は江戸へ運ばれ、上方(京都大阪方面)からの「下り酒」として江戸っ子に愛された。品質の高さから、「下り酒」は憧れの一級品だったのだ。一方、江戸まで運ばれてこない地回りの酒は「下らない酒」と呼ばれ、これが今日使われる「くだらない」という言葉の語源になったともいわれる。樽廻船
https://www.kikumasamune.co.jp/products/brand/taru/book/story/history.html
下記よりメイン。江戸の粋を体感せよ!
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