… … …(記事全文5,989文字)ホームホスピス入所の3日後、様子を見に部屋へ行ってみると、叔母の顔が心なしか明るくなったように感じた。
「どうしたの?」と聞くと、夜、お腹が痛くなったのに、うんち出なくて苦しんでいたという。部屋を訪れた看護師さんに訴えたところ、浣腸とお尻のマッサージをしてくれた。すると、ようやくうんちが出たと教えてくれた。
「ポータブルに座ったとたん、おしっこがじゃーっと出て、ついでにうんちもどっさり。やっぱり、たくさん溜まってたみたい。スッキリしたらお腹がすいて、たくさん食べられた」
聞いてみると、ホスピスの朝食で出たおかゆ少しとおかず、汁物、それに友人が持って来てくれた果物入りゼリーやトマトを食べ、高カロリー飲料のエンシュアも飲んだという。
「久しぶりにおいしかった~。」
「たくさん食べたね。エンシュアも飲んでるから、それで栄養は十分摂れてると思うよ。やっぱり出すもの出さないと、食欲も出ないよね」
叔母の笑顔を見ることができて、私もとても嬉しかった。思えば叔母との会話の多くを、排泄や飲食の話が占めている。詰まっていると、入るものも入らない。口から肛門までの通過に滞りがないからこそ、楽しく食べることができる。人間は「管」なのだと、あらためて思った。
ただし、食べ物と言えば、困ることが一つあった。それは、お友達がお見舞いに来るたびに、部屋の外のダイニングスペースにある共用の冷蔵庫が、叔母への「貢物」で埋まっていくのだ。
とくに、叔母が親しくしていた男性のご友人の一人が、ありがたいことに毎日のようにお見舞いに来てくれて、そのたびにみかんやぶどうといった果物やカットフルーツ、野菜ジュース、ヨーグルト、梅干し等々をたくさん持って来た。
そのたびに、叔母は「もう持ってこなくていい」「食べられないから持って帰って」と言うのだが、ご友人は「少しでも食べてほしいから」と言って、冷蔵庫に置いて帰る。そのため、冷蔵庫は叔母の食べ物でいっぱいになった。
それにある日、部屋に到着すると、叔母が『がんを治す食事』といったタイトルの本を読んでいた。くだんの男性のご友人が、叔母に読んでほしいと言って持ってきたのだ。
そうした本を読ませたくなる気持ちは分かる。ご友人は、一日でも長く叔母に生きていてほしいのだ。そのためには、一口でも多く健康にいいものを食べて、望むらくはがんを克服してほしいのだろう。
だが、叔母には食べられない医学的な理由がある。腫瘍から分泌されるサイトカインなど炎症性物質よって「悪液質」と呼ばれる状態になっており、脂肪と筋肉が分解されて痩せてしまうとともに、食欲が抑制されてしまうのだ。
そうやって生理的に食欲を失っている人に、食べ物を見せたり食べろと言ったりすると、プレッシャーになり、かえってメンタルによくない場合もある。したがって、終末期のがん患者は、食べたいもの、食べられるものだけ食べるのが鉄則だ。
しかし、一般の人、とくに高齢の人で、そのような知識を持っている人は少ない。それに、亡くなる数日前、病状を聞かれたので説明をしたときに分かったのだが、そのご友人は「そんなに悪いんですか…」と驚いていた。叔母が命に限りある深刻な病状であることを、理解していなかったのだ。
がんがどのような病気であり、どんな経過をたどるのか、多くの人はぼんやりとしか分かっていないだろう。事前にがんに関する記事や解説書、闘病記などで学び、適切な知識を持っているかどうかで、患者への対応が変わってしまう。がんに関する知識の中でも、とくに緩和ケアや終末期の知識について、もっと積極的に専門家が発信をする必要があると感じた。
そして、病気の人を見舞う場合、とくにがんの終末期に近い場合は、本人が望むもの以外、お見舞いに食べ物は持って行かないほうがいい。そのことが、社会常識として、世の中に広まればと思う。
もう一つ、ホスピスで困ったことがあった。排泄の世話をしてくれるヘルパーさんの対応だ。叔母の元には1日3回、決まった時間にヘルパーさんが訪れる計画となっていた。その都度、ヘルパーさんが声かけをして、排泄の介助をしてくれる。

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