… … …(記事全文5,211文字)「薬害に客観的な定義などありません。あなたと社会に『血の通った人間の心』があるなら、『薬害』を認めるべきなのです」
2025年12月19日にそう投稿すると、たくさんの共感をいただいた。その一方で、コロナワクチン擁護派と反対派の両方から同じような反発を受けた。乱暴に要約すれば「客観的な基準がなければ、薬害かどうか判断がつかないではないか」というものだ。そしてそこに、「薬害を認めないのは冷たい」といった、人間の感情を絡めるべきではないというのだ。
反対派の人までもが、そう言いたくなる気持ちは、分からなくもない。「この数値を超えてはいけない」という客観的な安全性基準があれば、「これは薬害だ」と誰もが認めざるを得なくなるからだ。科学や法的手続きに則り基準を設けられるのならば、それを適用して運用すればいい。そうした方向性で議論が進むことを、私も邪魔するつもりはない。しかし、残念なことではあるが、今のところ、客観的な薬害の定義はやはり見当たらない。
試しにGoogleで「厚生労働省␣薬害」と検索してみてほしい。厚労省のホームページに「薬害を学ぼう」という教育現場向けパンフレットがヒットする。その冒頭に「薬害ってなんだろう?」という項目があり、薬害が「たんなる副作用とは異なる問題のようです」という記述がある。そして、スモン、サリドマイド、HIV、C型肝炎、MMRワクチン、クロイツフェルト・ヤコブ病といった薬害の解説と、被害者の声などが載っている。
しかし、「どのような状況になれば薬害と言えるのか」という定義はどこにも書かれていない。つまり、厚労省はこれらの健康被害を「薬害」と認めてはいるが、どうしてそれらが薬害と言えるのか、明確には示してないのだ。このパンフレットだけでなく、厚労省のサイトのどこを探しても、薬害の定義らしき記述は見当たらない。だぶん、自分たちの足が掬われないように、意図的に書いていないのだと私は推測する。
その代わり、いくつかの自治体がホームページに「薬害」の定義を記載している。たとえば、兵庫県のページには次のような記載が見られる。
「薬害とは、医薬品の使用によって引き起こされる、単なる副作用とは異なる重篤な健康被害が社会問題となったものをいいます。過去に日本で起きた主な薬害は、キノホルム製剤による神経障害を引き起こしたスモンの発生、サリドマイドによる胎児の障がい、血液製剤によるHIV感染やC型肝炎ウイルス感染などがあります。」https://web.pref.hyogo.lg.jp/kf18/seizou/yakugai.html
他にもホームページに薬害について記載している自治体がいくつかあるが、兵庫県と同じような文章が載っているので、これが政府としての公式見解に近いものなのだと推測される。
だが、上記の「単なる副作用とは異なる重篤な健康被害が社会問題となったものをいいます」という記述を見ればわかる通り、この定義はまったく科学的かつ客観的なものではない。なぜなら、たとえ入院したり死亡したりするような重篤な健康被害を起こしたとしても、「社会問題」とならないかぎり、「薬害」ではないと言っているのも同然だからだ。
社会問題になるというのは、具体的に言えば被害者の怒りが国民レベルで広がる、マスコミが盛んに報道する、国会で政府の責任が厳しく追及される、裁判で政府と製薬会社の責任が認められる、といった状況を指すのだろう。しかし、国民の何%が怒り、マスコミがどれだけ報道すれば「社会問題」と言えるのか、当然のことながら数値で示せるような客観的な基準はない。
コロナワクチンの健康被害については、万を超える人が怒りの声を上げており、テレビや週刊誌等でもそれなりの報道がされてきた。国会でも原口一博氏や川田龍平氏などが何度か質問をしているし、藤江成光氏を中心に何人かのジャーナリストが厚労大臣の記者会見で追及もしてきた。しかしそれでも、政府はコロナワクチンの健康被害を薬害と認めようとせず、その責任を取る姿勢を見せていない。要は「社会問題である」と政府が認めないかぎり、公的には「薬害ではない」というのが、国としての姿勢なのだ。
このように、公に薬害と認められるかどうかは、極めて政治的なマターであると言える。つまり、薬害には「政治決断」が不可欠なのだ。だからこそ、我々市民の側から「コロナワクチンの健康被害は<薬害>だ」と言い続ける必要がある。上島有加里さんのXの投稿によると、予防接種健康被害救済制度における救済認定は9406件と、過去45年間22種類のワクチンすべてを合わせた数と比べて2.7倍、死亡認定に限れば1058件と7.0倍にもなった。客観的基準などなくても、人として当たり前の感覚として、異常な数字であるのは明らかではないか。
さらに言えば、もう一つ、これは「薬害だ」と言うべき根拠があると私は考えている。薬害研究の第一人者で、東洋大学社会学部教授などを務めた片平洌彦氏(2024年8月死去)が、次のように定義している。
「薬害というものの本質は、医薬品の有害性に関する情報を、加害者側が(故意にせよ過失にせよ)軽視・無視した結果として社会的に引き起こされる健康被害なのです」(片平洌彦『増補改訂版 ノーモア薬害 薬害の歴史に学び、その根絶を』桐書房)

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