… … …(記事全文5,093文字)4月8日、トランプ大統領は2週間の停戦を宣言し、イラン側もこれに応じた。それを受けて、パキスタンのイスラマバードで、米、イランの停戦交渉が行われたが、21時間の交渉の末結論が得られず、双方代表団は帰国した。
週末を挟んで、4月13日の報道では、米、イラン交渉決裂というトーンが主流であった。しかし、考えてみればわかるように、ついこの間まで両国は激しい戦争状態にあった。イスラエルとアメリカがイランに対して仕掛けた戦争である。
イランにしてみれば、それに対して防戦し反撃することに手一杯だったわけで、突然トランプが2週間停戦すると宣言して、パキスタンでの停戦交渉に至ったわけである。こんな状況で、停戦の延長、ましてや高級的な和平に関する講和会議などできるはずがない。イラン側にしてみれば、よく代表団を引き連れてパキスタンにまでやってきたものだと思う。
🔳トルコとイランの戦いと講和の歴史
スンニー派の国民が多数を占めるトルコとシーア派が多数を占めるイランはかつて何度も戦ったことがある。と言っても、それは16世紀の話である。第9代のスルタン、セリム一世(在位1512から1520年)は、歴史上シーア派と激しく戦った最初のスルタンである。

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