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やっぱり地理が好き
~現代世界を地理学的視点で探求するメルマガ~
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第270号(2026年9月13日発行)、今回のラインアップです。
①世界各国の地理情報
~新・要衝を押さえる③ 凍らない海の、たった一つの出口~
②大地が決める通貨
~第6回「紙」 値打ちのない素材が通貨になった~
③今週の気になるニュース
~迂回路の真ん中に立つ島、ペリム島とバブ・エル・マンデブ海峡~
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こんにちは。
地理講師&コラムニストの宮路秀作です。
日頃、周りの人たちからは「みやじまん」と呼ばれています。
今回で270回目のメルマガ配信となります。
方言周圏論という考え方があります。これは文化の発信地で生まれた言葉が、同心円状に広がっていくという考え方で、「論」とはいっていますが、「説」です。そのため、方言周圏説ともいわれます。
これは柳田國男が『蝸牛考』(かぎゅうこう)で示したもので、カタツムリの呼び名を全国で調べたところ、京都を中心として同心円状に分布していることが分かりました。京都に近い地域ではデデムシ、その外側でマイマイ、さらに外側でカタツムリ、そのまた外側でツブリ、いちばん外側でナメクジ。
柳田国男は1922年から翌年にかけて、ジュネーブ大学にてアルベール・ドーザ(フランス、1877~1955年)の『言語地理学』を学び、また方言周圏論はヨハン・ハインリヒ・フォン・チューネン(ドイツ、1783~1850年)の『孤立国』の影響を受けているとも言っています。
チューネン、孤立国、高校で地理を学んだ人なら、必ず聴いたことがある人名と書籍名です。チューネンは、輸送費と地代は中心地からの距離に応じて同心円状に変わっていくと考え、それを背景に農業規模が決まるといいました。チューネンの『孤立国』で面白いのは、前提条件が、「中心地が他の地域と交易を行わない没交渉地であること」「土地の起伏などなく、平坦な地形をした国であること」としています。つまり、「鎖国をする、完全フラットな地勢を持つ国」ということです。
そんな国はどこにもありません。
『孤立国』に書かれた内容をざっくりまとめると、以下の3つです。
①中心地に近ければ輸送費は安くなるが地代が高くなるため、狭い土地を集約的に活用する農業が発達する
②中心地から遠ければ輸送費が高くなるが地代が安くなるため、広い土地を粗放的に活用する農業が発達する
③河航河川が存在すれば、輸送費をある程度無視できるため、河川にそって同規模の農業が発達するともしています。
新しい言葉が都で生まれ、波紋のように外へ広がる。だから中心から遠いほど、古い言葉が残ります。東北と九州で同じ言い方が見つかるのは、両方が波紋の端にあるからだというわけです。
方言周圏論については、功罪があると書かれている学者の方もいます。論文ではありません。
▼方言周圏論の功罪
https://www1.gifu-u.ac.jp/~satopy/ronhougensyu.htm
新しい語形が内側に、古い語形が外側に残る。だから分布を見れば、歴史をさかのぼれる。この着想の鮮やかさが、この理論の魅力です。
功のほうから見ていきます。この理論は、批判を受けるたびに磨かれてきました。
たとえば地蜘蛛です。地面に穴を掘って袋状の巣をつくるので、ツチグモ、アナグモ、フクログモと呼ばれます。もてあそぶと足先で腹を切るので、ハラキリグモ、サムライグモ、カンペイグモとも呼ばれます。生態が特徴的だと、各地で別々に名付けても同じ語形になってしまう。これでは、伝わったのかどうか分かりません。
つまり方言周圏論が成立するには、語形と意味の結びつきに必然性がないことが条件になります。適用できない例が、条件を教えてくれたわけです。
ところが、雀の鳴き声は違いました。音声をそのまま写した語形ですから、必然性はもっと高いはずです。それなのに、中部、四国、九州にチューチューが分布し、その内側の関西と中国にチュンチュンがある。見事な周圏分布です。
条件を立てると、その条件を破る例が出てくる。そのたびに、言語現象の別の側面が見えてきます。
文献との照合も進みました。小林隆の顔の語史では、文献と方言で語形の出現順序が正反対になります。それでも、どちらも最古の語形にオモ(テ)を置く点は一致する。互いが互いを証明するので、以降の順序についても議論ができるわけです。
方言という身近すぎる言葉が、文献に比肩する資料になった。これは大きな功績です。
一方で、罪もあります。当たり前ですが、理論そのものに罪があるのではありません。使う側の問題です。いちばん多いのは、無条件の適用でしょう。周辺部にある語形を、なんでも古いと決めつけてしまう。対象の性格も、地域の事情も考えない。
厄介なのは、それでも説明になってしまうことです。書いた側は説明した気になり、読んだ側も納得した気分になります。誤りが、誤りとして残りません。
擬人法も、危うい面があります。中央を占領した者が覇を唱えた、という柳田の説明は分かりやすいのですが、言葉が自分で歩いていくわけではありません。運ぶのは人間です。この当たり前を忘れると、本質を取り逃がします。
術語も同じです。東西方言対立語という言い方がありますが、これは本当に対立なのでしょうか。西からの語形が東へ及んでいないだけかもしれません。中心地の威光という説明にも、疑問があります。新しい言葉が周辺部から中心地へ入ることもあるからです。ならば、その進出を許す威光とは何なのか。理論が魅力的で、分かりやすいほど、こういうことが起こります。
説明できたと感じたときこそ、何を説明していないのかを確かめる必要があるのでしょう。
さて、では波紋はどこまで広がるのでしょうか?
水面であれば、無限に広がるように見えて、実際には減衰します。岸に当たれば、そこで止まります。何なら返し波が発生します。「島原大変肥後迷惑」などは典型例で、江戸時代、当時の多くの人々が水害に遭われました。
言葉も同じです。海を渡れば、そこで止まる。山を越えられなければ、手前で止まります。
つまり、何かが広がる範囲を決めているのは、広がる力の強さだけではないということです。どこで止まるのか。何が止めるのか。そちらのほうが、範囲を決めています。
そして、止めているものは、たいてい目に見えないのです。
それでは、今週も知識をアップデートして参りましょう。
よろしくお願いします!
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①世界各国の地理情報
~新・要衝を押さえる③ 凍らない海の、たった一つの出口~
最も狭いところで幅が698メートルしかない水路が、2つの大陸を分けています。
ボスポラス海峡です。
■698メートルの水路
ボスポラス海峡は、黒海とマルマラ海を結んでいます。長さはおよそ31キロメートル。最も広いところで3,420メートル、最も狭いところで698メートルです。最狭部は、アシヤンとカンディッリの間にあります。水深は13メートルから110メートル、平均でおよそ65メートルです。
狭いだけではありません。この海峡には、船が進路を12回も変えなければならない区間があります。しかも潮の流れは、速いところで7ノットから8ノットに達します。
▼ Bosphorus Strait Facts You Must Know(Marine Insight)
https://www.marineinsight.com/6-bosphorus-strait-facts-you-must-know/
海峡の名は、古代ギリシア語のボスポロスに由来します。ボース(牛)とポロス(渡り)が結びついた言葉だと解されてきました。牛の渡り、という意味です。
ゼウスに愛された娘イオが、ヘラの嫉妬によって牝牛に変えられ、逃げまどった末にここを渡った。その神話が名の由来だとされています。
「牛が渡れるほどの幅」という感覚が、そのまま地名になっているわけです。
■東京駅から日本橋まで
698メートルといわれても、すぐには像を結びません。
東京駅から日本橋まで、直線でおよそ750メートルです。東京駅は北緯35度40分52秒、東経139度46分0秒。日本橋は北緯35度41分01秒、東経139度46分28秒。この2点を結んだ長さが、それくらいになります。この絶対距離を、一人一人がどのように理解するか、これが感覚距離です。「日本橋まで案外遠いんだな」という人がいれば、「日本橋まで結構遠いな」という人もいるわけです。
つまりボスポラス海峡の最狭部は、東京駅から日本橋までよりも、さらに短いわけです。
日本橋が初めて架けられたのは慶長8年、1603年のことです。その翌年には、五街道の起点と定められました。東海道、中山道、日光街道、奥州街道、甲州街道。江戸から延びる5本の道が、すべてこの橋から始まります。
明治に入ると、橋の中央が国道の起点と定められました。いまも橋の真ん中には、日本国道路元標という銅板が埋め込まれています。現在の橋は明治44年、1911年に完成した石造2連のアーチ橋で、国の重要文化財に指定されています。
▼日本橋・日本国道路元標(中央区観光協会)
https://www.chuo-kanko.or.jp/pages/other_details/119502
日本の道路の距離表示は、ここを0キロメートルとして測られています。国道1号も、国道4号も、起点はこの橋です。つまり日本橋は、日本という国が距離を測るときの原点というわけです。
その原点から東京駅までの距離よりも狭い水路が、ヨーロッパとアジアを分けている。距離というのは、絶対的な長さではなく、何を隔てているかによって意味が変わるものです。
■大陸の境界は、なぜ海峡なのか?
ところで、大陸と大陸の境界は、どこにあるのでしょうか?
北アメリカ大陸と南アメリカ大陸は、パナマ地峡で接しています。アフリカ大陸とユーラシア大陸は、スエズ地峡で接しています。陸が細くなったところを、人は境界と呼んできました。では、その細い陸を掘って水を通すと、どうなるでしょうか?
パナマ運河ができ、スエズ運河ができました。地峡は海峡になりました。それでも境界の性質は変わっていません。細いところが境界になる、という原則がそのまま残っています。海峡が大陸の境界になるのは、そこが渡れそうで渡れない幅だからです。広すぎれば、そもそも向こう岸を意識しません。狭すぎれば、橋が架かって一続きになります。これが天然の要塞として機能しました。
698メートルというのは、その中間です。泳いで渡った人もいます。幼いときに水泳を習っていたわたくしでも泳ぎ切れる距離です。そして橋が架かっています。それでも、ヨーロッパとアジアの境界であり続けています。
境界とは、地形が決めるものであると同時に、人が決めるものでもあるわけです。つまり、地形が地の利とするか地の害となるか、すべては人が決めています。
■ヨーロッパとは、どこまでを指すのか?
地図の上では、ユーラシア大陸の西の端に突き出した半島の集まりにすぎません。大陸としての独立性は、それほど高くありません。にもかかわらず、ヨーロッパは1つの大陸として数えられてきました。
一般的に、
