… … …(記事全文4,026文字)●7月3日 総務省前出発
総務省前で新潟から3人の助っ人が来てくれた。いずれも初対面であるが、荷物の運び出しなど非常に助かった。荷物で重たいのは証紙である。ポスター用とチラシ用、それらを貼らないと掲示したり配ったりできない。毎回感じるのが、実にアナログであることで、仮にチラシ1万枚としてもその貼付作業には、多大な時間を要する。何とかならないものだろうか。また、「参議院比例代表選出議員選挙立候補者等用特殊乗車券・特殊航空券」というのも実に手間がかかるため使い勝手が悪い。これについては後述する。
助っ人3人のうち1人が今回の選挙でドライバーをお願いしているS氏である。非常に陽気な人で、初対面でも気さくに話をすることができ安心した。東京には滅多に来ないので、建物や道路など全く分からず、運転などとんでもない、ということで代わりに私が関越自動車道の途中まで運転をすることになった。
●「おお六本木ヒルズだ」「ETCカードが入っていない」
総務省前を出発するや否や、「あれが法務省旧館か」とS氏が声を上げる。「初めて見た」と感動している様子だった。国道246号から表参道を経由して、環状6号線(山手通り)に入った。その度に、S氏は「おお六本木ヒルズ、表参道、高級ブランド路面店の入り口にドアマンが2人して待っているぞ」とまるで子どものようにはしゃいだ。その興奮気味の声のお陰で車内は和やかな雰囲気になった。
玉川通りから関越自動車道に入ろうと走行中に「ETCカード」が挿入されていないことに気付いた。「どうしよう」と慌てていると、S氏が「新潟へ着いたら私のカードを使います。新潟までは現金払いで行きましょう」と言ってくれたので、気持ちが楽になった。高速道路に入り、最初のパーキングエリアである「三芳」でブレイクした。
●運転手交代
軽い昼食を摂った後、運転を交代した。関越道は空いていたが、総務省前の出発が遅くなったため、新潟到着は早くて午後6時ごろと見込まれた。さらに、私のクルマが長岡駅の近くの駐車場に停めてあることと、S氏の自宅が長岡であることから、長岡インターで一度降りる必要があった。そのため、当初予定していた新潟駅前の街頭演説は断念せざるを得なかった。翌日朝一番で出直しすることを決め、街宣車は新潟市へ、S氏は自宅へ、私は柏崎市への自宅へとそれぞれ向かった。
●7月4日 一日遅れの「第一声」
私の自宅は、新潟市から距離にして約80キロメートル、高速道路(北陸自動車道)を使っても1時間強はかかる。私は自家用車で新潟市まで行き、有料駐車場に車を停めた。そして、新潟駅前(万代口)の通勤・通学時間に1日遅れの「第一声」を上げることになった。新潟駅周辺の駐車場に街宣車を停めたら一晩で1万円だったと聞いてまず驚いた。駅付近を通行する人たちの反応は、3年前と変わらない。関心を示す人はおらず下を向いて歩く人がほとんどであった。その後、市内を流したのだが、歩道を行き交う人や、クルマですれ違う人から、手を振ってもらう機会が多く、これは3年前に見ない光景だった。それが、たとえ「ご苦労さん」を意味する「お手振り」であったとしても、うれしくなり頑張らなくては、という思いを強くした。手を振ってくれるのは、若い人たちが多かった印象がある。3年前は見向きもされなかった私たちだが、その存在が少しずつ浸透していることを確信させるものだった。
●シャイな人が多い
午後は、新潟駅南口で街頭演説を行った。朝とは反対側の駅前であるため、人通りは元々少ない。関心を示す人はなかなかいない。シャイな人が多いとされる土地柄から、自分だけ反応するのは恥ずかしいのかもしれない、と前向きに解釈することにした。しかし、堂々と反応しても恥ずかしくないような政党にしなければ、と同時に考えた。
