… … …(記事全文4,611文字)霞が関を揺るがした八月七日
二〇二六年八月七日付で財務省の幹部人事が発令された。事務次官には宇波弘貴主計局長が昇格した。だが霞が関がざわついたのは、そこではない。
将来の事務次官候補と目されてきた一松旬主計局次長が、東京税関長へ転出したのである。
一松氏は単なる幹部官僚ではない。省内で「十年に一人の逸材」と評され、給付付き税額控除の制度設計を担当し、飲食料品の消費税減税を超党派で協議する「社会保障国民会議」に事務方として参画していた。政策の中枢そのものである。
朝日新聞は八月六日、この配置について官邸幹部が「政権にあまり協力的でなかったから」と語ったと報じた。
日本保守党の北村晴男参議院議員は十日の記者会見で、こう述べている。
「政権から見たら『反逆』に見えただろう。きついお灸を据える人事なのかなと個人的には見ている」
北村氏はさらに、財務省には「消費税減税は一切行わないという硬い鉄のおきてがあったように見える」とも指摘した。
指定職俸給表の上では、東京税関長は主計局次長より下位というわけではない。だが、問題はそこではない。
予算編成の中枢から、執行現場の長へ。不祥事があったわけでもない。政策スタンスの違いだけで動かされたのである。
これは懲罰人事だ。私はそう判断する。
だが、「よくやった」で終わってはいけない
読者の多くは溜飲を下げたかもしれない。財務省に一発食らわせた、と。
その気持ちはわかる。だが、そこで終わってはいけない。
一松氏を飛ばしても、第二、第三の一松氏が必ず出てくるからだ。
問題は人ではない。
制度なのである。
政権は、本当に勝ったのか
ここで数字を見てほしい。
自民党は二月の衆院選で、飲食料品の消費税率ゼロについて「実現に向けた検討を加速する」と公約に掲げた。結果は三百十六議席。単独政党が衆院で三分の二を制したのは戦後初めてである。
これ以上ない民意の後ろ盾だ。
では、何が決まったか。
七月三十日、高市首相が表明したのは、二〇二七年四月から二年間、食料品の消費税率を「一%」に引き下げるという方針だった。ゼロではない。一%だ。一%分に相当する年六千億円を中低所得者に給付し、あわせて「実質ゼロ」とする、というのが政府の説明である。
ゼロにするとレジのシステム改修に約一年かかるが、一%なら約半年で済む。スピードを優先した、とされる。
結果として何が残ったか。
消費税率ゼロという前例は、作られなかった。
しかも二年間の期限付きで、高市首相自身が「私が二年で確実に戻す」と語っている。
戦後初の圧勝を背負った政権が、公約の「ゼロ」を「一%」で着地させた。そして直後に、その協議の事務方を務めたエース官僚を飛ばした。
これを「勝利」と呼ぶのは、いささか気が早い。
人事で勝って、制度で負けている。私にはそう見える。
では、どこで負けているのか。そして、どうすれば勝てるのか。

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