… … …(記事全文5,017文字)「勝った」「負けた」の不毛
5月14日から15日にかけて北京で行われた米中首脳会談が終わった。
オールドメディアは一斉に「習近平の圧勝」と報じた。トランプ自ら大企業経営者を引き連れて北京に乗り込んだにもかかわらず、関税問題も先端技術規制も実質的な進展はなかった。商業面の最大の目玉だったボーイング機の受注は、ウォール街が期待していた500機には遠く及ばない200機にとどまった。2017年のトランプ初回訪中時の300機よりも少ない。発表後、ボーイングの株価は約4.7%下落した。
もう一つの目玉だったNVIDIAのAI半導体H200も空振りに終わった。トランプ政権は今年1月にH200の対中販売を正式に許可し、売上の25%を米国政府に納めるという異例の条件まで付けていた。当初の代表団リストに入っていなかったジェンスン・ファンCEOを、トランプ自らが電話でアラスカからエアフォースワンに乗せるという力の入れようだった。ところが、中国側がファーウェイの国産チップへの移行を優先し、自国企業の購入を事実上阻止した。H200は一台も出荷されていない。米通商代表グリアに至っては、半導体規制は首脳会談の議題にすら入っていなかったと明かしている。
ボーイングもNVIDIAも不発。トランプが成果を得られなかったという構図を描き、オールドメディアは「習近平の圧勝」と報じたのである。
これに反発する保守系論者たちからは、「いや、トランプの圧勝だ」という主張が噴出した。中国に大幅な市場開放を約束させ、大量の米国製品購入を確約させたのだから、トランプの交渉術が勝ったのだ、と。
客観的に観れば、双方が望むものをぶつけ合った結果、明確な勝敗はつかなかった。共同声明も出されず、合意文書も存在しない。これ自体が、決着がついていないことの何よりの証左である。双方が自国の国内向けに「勝った」と演出できる余地を残した、極めて外交的な幕引きだったと言うべきだろう。
だが、この「どちらが勝ったか」という議論自体が、日本にとっては本質を外した不毛な論争なのである。
トランプは日本の首相ではない
日本人が認識すべき最も重要なポイントは、仮にトランプが勝ったとしても、それが日本の勝利に繋がるわけではないという冷厳な現実だ。
トランプは日本の首相ではない。
トランプはあくまでも、アメリカの国益と自分自身の政治的利益を最優先として行動している。それが結果的に日本や台湾の利益になる保証はどこにもない。にもかかわらず、「トランプが勝った=日本にとっても良かった」と無条件に喜ぶ人々が少なくない。この思考回路こそが、戦後日本の対米依存体質の病根そのものである。
トランプが今回の会談で何を求めていたかを冷静に分析すれば、その優先順位は明白だ。
2026年の中間選挙を見据え、先端半導体から農産物、エネルギーに至るまで、大量の米国製品を中国に売りつけたかった。ラストベルトの製造業労働者にも、中西部の農業従事者にも、目に見える成果を届けなければならない。トランプにとって、この会談は安全保障の場である以前に、ディールの場だったのである。
一方の中国は、トランプの「売りたい」という欲求を巧みに受け流しながら、自らの核心的利益である台湾問題でアメリカの政策変更を迫った。購入額の交渉には柔軟に応じる素振りを見せつつ、真に譲れない一線では一歩も引かない。この緩急の使い分けは、中国外交の常套手段である。
台湾が「取引材料」にされた日
トランプもルビオ国務長官も、会談後の公式発言では「米国の台湾政策に変更はない」と述べた。台湾関係法に基づく従来の立場を堅持するという建前は維持されている。
しかし、トランプの本音は別の場所で露呈していた。
会談直後のFox Newsのインタビューで、トランプは台湾について問われ、こう答えた。「誰かが独立に動くことを私は期待していない」「我々は9500マイルも移動して戦争などしたくはない」——。台湾の独立志向を牽制しつつ、軍事介入への明確な忌避感を示したのだ。「9500マイル」という具体的な数字を持ち出すこと自体、台湾防衛が割に合わないという本音の表れに他ならない。
さらに不穏な動きが続いた。会談終了からわずか数日後、トランプ政権は台湾への武器売却を突如凍結したのである。表向きの理由は、イラン方面での軍事作戦に備えた兵器在庫の確保だという。確かに、米軍がイランへの大規模軍事介入を視野に入れている現状では、弾薬や精密誘導兵器の在庫確保は切実な課題だ。あながち嘘とは言えない。
だが、タイミングがタイミングである。
米中首脳会談の直後というこの時期に、台湾への武器供与を止める判断が下された。これを偶然と見るのは、あまりにもナイーブだろう。
そしてトランプは、さらに踏み込んだ発言をした。「台湾への武器売却は、対中国の有効な交渉カードになる」と。
この発言の意味を、日本人は正確に理解しなければならない。台湾の安全保障が、アメリカの対中交渉における「取引材料」として明確に位置づけられたのだ。台湾の防衛は、それ自体が目的ではなく、アメリカが中国から譲歩を引き出すための手段に格下げされた。
台湾の安全保障環境の悪化は、日本の安全保障環境の悪化に直結する。台湾海峡が中国の内海と化せば、日本のシーレーンは中国の掌中に握られる。南西諸島は最前線となり、沖縄は直接的な軍事的脅威に晒される。これは仮定の話ではない。地政学的な必然である。
桂タフト協定の亡霊
ここで、複数のルートから入手した極めて気になる情報を共有したい。
米中首脳会談に向けた準備段階で、アメリカ側の政策立案チームが1905年の「桂タフト協定」を研究していたというのである。
桂タフト協定——この名前にピンと来ない読者もいるかもしれない。だが、その内容を知れば、なぜこの情報が不気味なのか、即座に理解できるはずだ。

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